「 love, speed & loss 」2011/09/04 07:51



70年代の世界GPで活躍したキム・ニューコムを中心に、当時のGPシーンを描いたドキュメンタリー

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キム・ニューコム

船外エンジンのケーニッヒ、2サイクル水平対向4気筒を積んだ自作のバイクで、MVなど当時のワークスを相手に奮闘していた人物だ。バイクの熟成が進んできて、結果が安定し始めた矢先に、レース中に事故死してしまう。

収められているのは、70年代の当時に撮影された8ミリなどの映像と、最近撮られた当時の関係者へのインタビューだ。
主な語り部は、彼の奥さん。二人のなれそめから、GP転戦の日々、事故死、そして、その後。お話は、彼女の語りを軸に、淡々と続く。その悲しみの深さは、 以前取り上げた「未亡人は言った・・」 の辺りより、よほど辛辣に思える。

事故死したライダーの話ということもあるのだが、当時の映像、ちょっとピントがボヤけてて、でも何というか、皮が薄くて、ナマの肉の体温が、そのまま透けて見えるような映像は、何故か無性に悲しくて、生傷の痛みまで伝えてくるような、逃れがたい厳しさがある。

彼は、ただの「ライダー」ではなかった。「エンジニア」でもあり、「メカニック」でもあった。バイクを作り上げ、日々の整備を行い、性能を上げつつ、トラブルを潰して熟成させる。転戦のために運転手もし、サーキットに着けば自分で走る。全く、すべてを一人でこなしていた。

当時、MVや日本車のワークス勢は、豊富な資金力でもって、プライベートライダーを、サーキットの視界の脇に追いやりつつあった。彼も、その目立たない一人だったのだ。 少なくとも、初めのうちは。

彼のバイクを今の目で見ると、タイヤが未熟だった当時の「低くていい感じ」そのものだ。万人受けしそうな安心感はないものの、頂上まであと一歩、というレッドゾーン寸前の、勢いと危うさ、その両刃の稜線を、体現していたようにも見える。
きっと、「独特」ならではの苦労もあったろう。(「単独」で対処しないといけない。)その神髄は、彼にしか分からないし、だからもう、誰にも分からない。

そして、やはり、当時のGPの空気である。
「死にたくないなら辞めればいい。」
違うさ。安全対策なんかにカネをかけて、自分の取り分が減るのがイヤなだけだ。大切なのは、末端のライダーがどうこうなんかではなく、運営側の実入りなのだ。単に。

そんな時代。

雨のサーキット。
彼は、もういない。
古びたトロフィー。

悲しい風景である。

それは多分、人が主役だった時代が失われたから、なんかではなくて、
そんな時代なんか、一回もなかったから、なのだろう。


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余談だが、彼は、以前取り上げた ジョン・ブリッテン や、 バート・マンロー と同じ、ニュージーランド人だ。
「全てを自力でやる」という、驚嘆すべき意思と能力でも共通する。
お国柄、なのだろうか?。


「PROFICIENT MOTORCYCLING」2011/09/17 05:56



公道でのバイクの乗り方、楽しみ方を論ずる
(★★★★☆)

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「バイクの乗り方」なんて本を、お気軽に当たってみようとすると、 以前取り上げたコレ のような、スポーツライドに特化した「限界間際の操り方」(しかも的外れな)か、でなければ、教習所チックな「ニーグリップと法令順守」にいきなり落っこちてしまう例が多いのではなかろうか。

まあ、そんな環境なので、日々バイクを楽しんでいる公道ライダーというのは、自己流と経験論でもって、自力でキャリアを延々と築いてきたクチがほとんどだろう。

かくいう私も、公道バイクのサイトを書いてはいるのだが、主に公道で使いやすいハードを云々しているだけで、乗り方についてはほとんど触れていない。こう乗った方がいい、のような方法論も多少は持ってはいるのだが、乗り方なんて人それぞれだと思うし、唯一のお手本に収斂する類のものでもないとも思うので、描きようがないのだ。あえて描こうとすれば、瑣末ばかりになってしまって、書くにも読むにも、うっとおしくなりそうに思う。実際、世に在るライテク本の類を見ても、本質を射抜いたような説得力を持つものは少なくて、妙に偏った印象である例が多いようだ。

本書は、そんな公道ライドのあれこれを、丁寧にまとめた、貴重な例だ。

とはいえ、白状してしまえば、私も一字一句までは読んでいない。半分くらい?、拾い読みした程度だ。
何せ量がある。A4サイズで300ページ近い(挿図も多いのだが)。しかも英語である。ライディングを表す口語英語(テクニカルターム?)には、なじみのないものも多い。思ったよりは重労働だ。
しかし、著者の記述がこの量になったのには、それなりに意味があるように思える。

目次と内容を、ざっくりとまとめてみる。

Chapter1:Risk!
公道ライダーが置かれている状況について、建て前ではない実際を描いている。データが豊富で説得力がある。

Chapter2:Motorcycle Dynamics
バイクというのは、どう動くものなのかしらね、ということを、ひどく実践的に説明している。特にブレーキングが詳細。

Chapter3:Cornering Tactics
主に、コーナリングの際のマージンの取り方について論じている。スロットルワークとトラクションなんていうのではなく、走行ライン取り方や、動作の「テンポ」について説明している。

Chapter4:Urban Traffic Survival
市街地走行の際の実際を説明している。さまざまなレベル/質のドライバーに囲まれていて、もし当たれば一方的にやられる立場という、この「よろしくない環境」を、どうコントロールするかについて論じている。

Chapter5:Booby Traps
砂、雨、路面のギャップ・・・公道ライダーの足元は、いつすくわれるかわからない。その実際と対処について論じている。
さすがUSA、「鹿への対処法」まであるが。日本で役立つのは・・・北海道くらいかな。

Chapter6:Special Situation
出先の雨や、工事中でダート走行を強いられる場合といった、通常とは異なる状況への備えを論じている。
さすがUSA、砂漠の走り方まである。日本では・・・役に立たないかな。(笑)

Chapter7:Sharing the Ride
マスツーリングやタンデムのあれこれなど。サイドカーやトライクなども網羅している。(USではバイクの範疇に入るらしい。)


いくら正こくを射ていても、ダラダラ説明では飽きてしまう。本書はその辺にも配慮があって、「これができたら、こんなにいい」、そんな「エサ」・・・ま良く言えば「目的感」まで、盛り込まれている。

例えば、いわく
  「公道では、クレバーになれ。」
うん。なんかカッコイイではないか。(笑)

データが豊富なのも特徴だ。
例えば、「ヘルメットの部分別・受傷率の分布」
ドイツの統計データらしいが。アゴ部の被災率が意外と大きい。
やっぱ、フルヘル被っとこうかな・・・と思うでしょ?。

一方で、車種に関する良しあしは、全くと言っていいほど触れられていない。本書の性格上、車種の選択は読者の自由であり、ただ、それらをクレバーに扱うのはどうしたらいいかを、ケース別に論じるというスタンスを貫いている。

一応、グッチにも乗ってくれているのだが、
ライディングウエアを論じる節で「一例」として挙げているだけで、バイクを取り上げているわけではない。

著者はどんな人かと言うと、もう見るからに、うるさ型のオッサンだ。(笑)
とはいえ、ご高説ご開陳型の、単なる経験論では全くない。著者の経験は、ただの要素の一つに過ぎない。実例や統計データを加え、視野を広く、客観的に考えようとする、著者の姿勢には揺るぎがない。初版は古い本のようだが、書き換えては再販を繰り返しているらしく、見た目も内容も古びていない。こうした諸々の重なりが醸し出す、説得力には厚みがある。思わずうなずく内容も多いし、参考になる点も少なくない。

わが身を振り返ってみても、キャリアが伸びるに従って、慢心が頭をもたげる場面が増えるのは否めない。今まで大丈夫だったんだし、知識経験も十分なはずだ、のような思考停止に陥りがちだ。それを反省し、日々考え、備えることは常に必要、しかし、たとえそれができたとしても、「万が一」の確率が減るだけ、という厳しい世界でもある。そして、そうやって日々備えた上で、自力で目的地に向かうプロセスの全てが、バイクの楽しみなのだ、と改めて思い出させてくれる。

同種の書物としては、日本ではなかなかお目にかかれない、まともな本だと思う。

ただ、USAドメスティックな内容なので、日本のライダーの皆さんには読みこなしが必要だろう。交通文化が異なるので、例えば、右側走行なので右左折の状況が逆だったり、路上でのマナーや、ドライバーの意図の解釈といった、ニュアンスの細部も違ってくる。そのままポンづけで流用できるものばかりではないので、噛み砕いて応用する力は必要だろう。

出版業界の皆様には、 以前取り上げたこの辺り より、本書のように、地味だが真面目な本を翻訳して、みっちり売ってほしいと思うのだが。
意外とロングテールになったり・・・しないかな。(笑)


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