クルマの本 「福野礼一郎スーパーカーファイル〈2〉」 ― 2013/03/16 07:34
先週の本で思い出した。
この人も、鋭いクルマ評を書く人で、私も以前はよく読んだ。
広告とか提灯持ちとか、ありがちなポジショントークからは別の視点で、結構あけすけに、いろいろなことを書いていた。
何となく、突っ込み隊長的なポジショニングで、その時代時代の裏事情を、わが身を呈してよく知っていた。それが、話のリアルさを裏打ちしているのが、当時は新鮮で、面白かったのだ。
でも、だんだん本心を語らなくなってきて、何となく、奥歯にモノ的な話し方も増えた。
そのうちに、何だか仲間内に閉じた感じになって。つまらなくなってきたな~と思ったら、まともな本が減っていった。雑誌の連載の過去ログ集、しかも対談の会話調を活字にしただけの、内容が薄い本が増えた。最近は、妙に物フェチに寄った少数が残るだけだ。途中で挫折した企画も多い。
何となくだが、自分の興味や好きなことを情熱的に語るスタイルと、ジャーナリストとして言うべきことの乖離が、埋められなくなったようにも見えていた。
業界内のポジションというか立ち位置が、そういうものになってしまったのか。
端的に、こういう記事では食えない、ということか。
雇われ教祖の役に、飽きたのか。
・・・歳、取っただけ?。
今回の本は、図書館を探して、この著者の、新しめの本を探して借りた。
2008年の本で、さして新しくは無いのだが。
読んでみて、驚いた。
見覚えがあった。
一度、読んでいる。
でも、忘れていた。 (印象が薄い)
前半は、今のGT-R(R35)のアセンプリ工程を紹介した記事だ。
一生懸命ホメているのだが。どうにも、提灯持ちな臭いがする。
製造工程を追って、その造りの良さをしきりに誉めているのだが。メーカーは、その必要があるから、やっているだけだろう。(でなければ、同じクオリティを作りこまない、それ以外の市販車全てを糾弾すべき、となってしまう。)
本書で直接見たのかは忘れたが、著者は、このR35 GTRを評して、
「これはゼロ戦ですよ」
と言ったと、どこかで読んだ。
この所、ずっと不景気だし、日の丸印の豪奢なGTRに気持ちが沸くのも、わからんではないのだが。
日本人の魂は、あんなにデブで巨大な、電子制御の塊になった、ということだろうか。
(ISBN 88-85386-52-0)
ふん。
案外、そうかもしれない。
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福野礼一郎スーパーカーファイル〈2〉
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