読書ログ 宇宙は「もつれ」でできている ― 2017/02/12 07:25
この題目、いやウチの会社なんか「もつれ」ている上に「ほつれ」ているとか、いやいやウチの夫婦はもつれているから「もっている」、みたいな自虐ギャグを呼びそうだが。
副題は、 「量子論最大の難問はどう解き明かされたか」。その通り、量子物理学が提唱されてこっち、その理屈の筋道は、結構な振幅で振れ続けてきたわけだが、そこにどんな学者がどう関わってきたのか、その長い経緯を追ったドキュメンタリーである。
量子論に関わる論文に加えて、手紙や手記、雑誌の記事などを丹念に追って、その流れをつなげて見せてくれている。お話が第1次大戦の当時の昔話から始まるのだが、今のようにSNSの情報が豊富にあったりするわけでもない。量子力学の学者には曲者も多いから、文献から彼らの意図を理解して、前後を繋げて流れを追う作業は大変だったろう。著者は若い女性ジャーナリストだが、大した力量だ。
ブルーバックスなので新書版だが、¥1,500の定価に恥じない600ページに及ばんとする大著で、読み応えは十分だ。ただし、個々の物理の理論はほぼ既知として扱われていて、詳細は記述されない。物理の理解の役には立たないから、人間ドラマとして、割り切って読んだ方がいいだろう。
読み進むに従い、どこかで見たことがある名前が続く。
アインシュタイン、ボーア、ボーム、ボルン、ディラック、ハイゼンベルグ、フォンノイマン、エーレンフェスト、 プランク定数 、 ご冗談でしょうファインマンさん 、 シュレディンガーの猫 、 ラザフォード後方散乱 、 ドブロイ波 、 フェルミ準位 ・・・。
確かに、量子論は突拍子もなかった。しかし、そのおかげで、従来の古典物理とは全く違う風景が見えるようになった。他方、所々に矛盾や欠落もあり、完璧とはいえなかった。スッキリと納得が行かないその姿が、理解が及んでいないのか、理論の方の問題なのか、容易にはハッキリしない。議論が議論を呼び、世界の頭脳が切磋琢磨した。
学者達は、披露と議論、非難と考察、馴れ合いと閃きなんかを絡めながら、理論を掘り下げ、隙間を埋める作業を、皆で共同して、コツコツと進めた。
その動機は、「原子がどうなっているかを知りたい」、それだけだ。
それだけのために、人生をかけて考え続けた。
名声や優越感が目的ではないそれは、「真面目な狂気」とも言える。
そんな才能が、あの時期、あの地域に密集して現れたことは、とても不思議に思われる。(当時の日本にはなかったし、今でも本当に少ない。)この学者達、ぶっちゃけ、どうやって食ってたんだろう?と思ってしまうのだが。当時の欧米には、そんな生き方が許される、経済的、道義的な余裕があった、ということだろうか。(日本には、今に至るまでずっとない、のだろう。)
彼らの数式を言葉のように使う。数式をこね回し、裏返しすると、別の姿が見えてくる。それは、文章で例えれば、「したいわけではなかった」が「結局はそうなった」こととして理解する。そんな作業だ。ある意味、「行間を読む」にも似ているその作業を通じて、我々が見ているのは何なのか、この式は、何を教えてくれようとしているのか、考える。そうやって、一歩一歩、階段を登って行く。
しかし、やがて戦争が、続いてイデオロギーが、彼らを翻弄する。悪い敵を抹殺するために落とした原爆を否定する学者はアカだから糾弾していいと、そんな妙な風潮になった。困難はもっぱら、物理の内部ではなく、外からもたらされる時代になる。
良いこともあった。技術が進歩して、真空、高電圧、高周波やレーザーなど、新らしい技術が使えるようになった。物が豊かになり、小規模な実験装置ならカタログで部品を集めるだけで作れるようになった。大型のサイクロトロンや、シンクロトロンだってある。実験が理論を補完することで、より真実に近づいたと、皆が納得できる結果が得られるようになってきた。
しかし今でも、
わからないからもつれているのか、
もつれているのかわからないのか、
わからない。
どうやら、もつれてはいるらしいのだが。
どう、もつれているのかも含めて、まだ解明の最中だ。
登場人物や、この著者のように、相当しつこくないと読みきれない、もつれた物語なのであった。
Amazonはこちら
宇宙は「もつれ」でできている 「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか (ブルーバックス)
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://mcbooks.asablo.jp/blog/2017/02/12/8358327/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。