スーパーカブは、なぜ売れる2020/03/15 08:53


比較的、新しいカブ本だ。題名の通り、バイクとしてのカブではなく、「商品としてのカブが台数を売る仕組み」を追ったものだ。

台数という「数字」の話なので、感情的にイイのワルイのという話ではないはず、なのだが。お作法として、カブ大好き or カブは正しい!という人に向けて書かれてはいて。機械としてのカブは、全面的に肯定・好意的に描かれている。

本書でわかったことは、2つあった。

まず、その「累計1億台」というすさまじい数が、オートマを含む「カブタイプ」を全てひっくるめた、ちょいと恣意的な数え方をした結果であること。中には、現地仕様の「これがカブなの?」という車種も含まれているらしい。(ひょっとしたら、DAXやシャリィなどの従妹たちも含まれているかも。)

次に、その「一億台」の粗方が、2000年以降の、つい最近に積み上げられたものであること。その内情は、アジア、中国、中南米に、当地の政治状況を踏まえタイミングを図りつつ進出し、並み居るコンペ(コピー製品)を値段と品質でブチのめし、市場を席巻することで得た。そういう数字だったことだ。

それはつまり、ホンダという会社が、本人が言うような「技術による貢献」などでは全く違った、「マーケティングと現地進出」を本職とする会社であることを、端的に示している。

終盤では、カンファタボーなエンディングの演出として、「やっぱりカブは乗ると楽しい、だから売れる」などとやっているが。この著者は、バイク乗りではなく、ただのマーケタなので。そこは目をつぶるとして。

確かに、市場を広げるという意味でのマーケット優位性には、
(1) 「やることが少ない」意味で「乗りやすい」こと
(2) 燃費が良いこと
(3) メンテが少なくて済む意味での「信頼性」
 (長寿命ではない、ところがミソ)
の3つは、必須条件なのだろう。

裏返すと、ホンダは、カブを超えるアーキを、今までずっと、作れていない。
自分の枠を、超えることができない。

本書を見てやっぱり思う。ホンダは、「夢を売る技術の会社」ではないし、その製品は、巷で言うような「進化」もしていない。

ヘタなドレスアップで、値段だけは妙に上がった今のカブは、かつて、我々がまだ貧しく、生きることに必死だった頃、その生活を支えてくれたあの本物とは、違うものだ。

(私は、子供の頃、カブの荷台で、父の背中にしがみつきながら眺めた昭和の風景を、忘れない。)

今のカブに残されたのは面影だけだし、それにノスタルジーを感じる世代も、もうすぐ居なくなる。

きっと、残るのは、「伝説という名のマーケティング」。
そういうことになるのだろう。

皆が見ているつもりの、かつての「価値」は、実は、過去に置いてきた。
それを、「時代」と呼ぶのだろう。


Amazonはこちら
スーパーカブは、なぜ売れる

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://mcbooks.asablo.jp/blog/2020/03/15/9224439/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。