余談 スーパーカブの商標登録2014/07/27 16:51


当ブログの本分である「読書」とは、全く関係がない話なのだが。
ちょいと、興味本位で調べてみたので。
一応、ログっておく。

ホンダが、スーパーカブで「バイク初の立体商標を取った」そうだ。
 →ホンダのニュースリリース

取れたのがユネスコの文化遺産あたりなら、ご威光というか、霊験あらたか~かと思うんだけど。
立体商標って、何?。

いわゆる「知的財産」を、ざっくり種類分けすると、
① 特許 実用新案
  技術的なアイデアの独占権。
② 意匠、商標
  独創的な「形」が意匠、メーカーのトレードマークなんかが商標。
③ 著作権
  文章や絵画などの芸術/文芸作品の所有権。

何れも、「権利」、つまり、法的な決まりごと(架空の)なので、実物を見たり、触ったりはできない。
マネしたヤツを訴えて、引きずり降ろせる。そういう大枠としては、共通しているが、どうやったら取れるのか?訴訟で何を要求できるのか?、の辺りは、各々で異なる。

その境目、法的に「マネ」したことになるのかどうかの判断基準は、裁判所的な「お役所ジョブ」であり。「判例を読め」のような、チョーめんどくさい世界なので。割愛する。

さて。
スーパーカブの「形」が、知財になるとすれば。
まずは「意匠」ではなかろうかと思うのだが。

その通り。
ホンダは、スーパーカブの意匠登録を、とっくの昔、昭和34年に取得している。

それでもって、昭和48年にスズキを訴えて、当時の金額で7億円を超える、高額の判決を得ている。
 → 裁判所の資料サイト

当時としても、賠償金額としては破格値という位に高くて、関係者では話題になったとか、ならなかったとか?。
実際は、ホンダは支払いは求めなかった、との情報もあるが。本当かどうかは知らない。(和解を含めて、この辺の、訴訟の「終わり方」というのは、オモテに出さないのが普通なので。一般ピーポーにとっては、知る由もないのだ。)

しかし、意匠の登録期間は、当時は15年?とかそんなもんだったようで。
とっくの昔(昭和49年、1974年)に失効している。

それで?かどうかは知らないが、今回、商標の方にステージを移して、見事、登録と相成ったらしい。
 → ニッケイの記事

「商標」と言われても、ピンと来ないかも知れない。
トレードマーク、と言った方が通りがいいかな。

メーカーって、自社や製品のイメージとして、特定のマークやロゴを使うものだが。それを知財として、お国に登録するのが商標、ということらしい。

古くは、森永~とか、東芝~とか、いろいろあったと思う。
今でも、スターバックス~とか、Apple~とか、いろいろある。

要は、そのブランドを思い起こさせる(そのために繰り返し使って印象付ける)視的情報、ということなのだが。従来、日本の当局は、本当に「マーク」しか受け付けなかったらしい。しかし最近は、音楽(テレビCMで必ず流すフレーズとか)や、デザインイメージ(ウチの商品パッケージは必ず青白の縦縞、とかそんな)、さらには、立体的な「形」なんかも認められるというのが、世界的な方向感だそうで。日本も遅ればせながら、その流れに追従している、ということらしい。

「乗り物」の形を商標登録するのは、ちょっと前にフェラーリが成功しているともあり、今回のスーパーカブは、それに続いて「バイク初」ということになるようだ。

ちなみに、商標の登録期間は10年らしい。でも、何回でも延長が可能とのことで。意匠(今は期間は20年コッキリ)よりは「おいしい」ということなのかも知れない。

さて。
バイクの形を、意匠として登録することの効能(実例)は、上にざっと述べたが。「商標」として登録するというのは、どういう意味があるのか?。

商標は、ブランドを表すものなので、スーパーカブにそっくりなのを「ホンダの」カブですよ、と売ろうとするとアウト。これはわかる。

しかし、そっくりな形とは言え、ホンダではありませんよ、という売り方をされた場合には、「ブランドを損なった」ことになるのかどうか。ニッポンの裁判所の場合、どういう帰結(判決)になるのかは、良く分からない。(ケースバイケースのようにも。)

そうそう。
知財というのは、基本、全て各国の国内法だ。
だから、今回の商標登録が効力を持つのは、日本国内のみである。

つまり、どこぞのメーカーが「ホンダのカブですよ」のような嘘をついて、バイクを「日本で」売ろうとした場合だけしか、対象にならない。

メイトもバーディもなくなった(のかな?)今となっては、この権利の対称になるのは、主に「外国勢」ということになるのだろう。(外国勢排斥のために権利化した。)日本でホンダ相手にタイマン張ろうなんて度胸のある海外メーカーは、いないんじゃないかと思うけど。

どちらかというと、本番は「国外のケース」、例えば、外国のメーカーが、カブにクリソツなバイクを「自国で」売っているような場合じゃなかろうかと思う。でも、その場合は、ホンダが、その国で、意匠なり商標なりの権利を取れているかが、まず問題になるのだろう。(その前に、その国に意匠なり商標なりの法制度があるのか?、もしあったとしても、ちゃんと運用されて機能しているのか?、が問題になる。)

まあ、そんなわけで、
今回の「スーパーカブの商標登録」が、どんな意味(効力)があるのか、やっぱり、私には、ようわからんのでありました。

何でしょね、知財って。
なんか、架空の仕組みで遊んでいるだけ?のような気がしないでもないんだけど。
「電子制御」と同じで。
(最終的に、ユーザーのためになっているのか?という意味で。)


読書ログ 「クルマ 3分間小説×89篇」2013/03/16 16:47



先週、 「バイク」 という読み物を取り上げたが。
「クルマ」という題名の文庫も見つけたので。試しに読んでみた。

女性の作家さんが書く、クルマにまつわる短編小説集だ。週刊誌の連載を、文庫化したものだそうだ。
短編といっても、各話が文庫の2ページ程度なので、かなりの短かさである。

クルマの話ではなくて、クルマにまつわる人の話だ。
作家さんのカラーなのか、都会臭プンプン、かつちょっと、エッチ風味だ。

こんなクルマに乗ってるのはこんな人。
で、きっと、周りに展開されるお話は、こんな感じ。

2005年の刊行だが、まるでバブルの頃の読み物だった。
クルマが、デートの道具なんかとして、光っていた時代。

若い人には分からないかも知れないんだけど、昔々、「どのクルマを買うかで人物を演出する」のような、妙な文化があったのだよ。
今はもう、ほとんど廃れちゃったけどね。

だって、
フェラーリに乗っている人が、クルマのように艶やかかとは、全く関係がない。
86に乗る人が、最新型のスポーツタイプとは限らない。
そんなの、当たり前だ。

むしろ、持ち物で自分を演出なんて、その考え方自体が、カッコ悪い。
今や「合コンでクルマの話なんて。キモすぎよ」、と。

クルマなんて、必要十分の機能があればいい。
だから、軽自動車が売れている。
そういうご時勢だ。

「エッチ風味」の方も同じだ。
うら若き女性が、自分の恥部をあけすけに書くのがイケていた時代は、ボディコンと一緒に、とっくに終わった。
今やそんな話は、オバサンの下衆な井戸端話のように聞こえてしまう。

そう思って、見回してみれば、

日本は既に、プリウスに乗る自称ミドルアッパーなんかが渋滞している、押しなべて、妙に当たり障りの無い国になったようにも思える。

豊かなはず、なんだがなあ・・・。


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クルマの本 「福野礼一郎スーパーカーファイル〈2〉」2013/03/16 07:34



先週の本で思い出した。

この人も、鋭いクルマ評を書く人で、私も以前はよく読んだ。

広告とか提灯持ちとか、ありがちなポジショントークからは別の視点で、結構あけすけに、いろいろなことを書いていた。
何となく、突っ込み隊長的なポジショニングで、その時代時代の裏事情を、わが身を呈してよく知っていた。それが、話のリアルさを裏打ちしているのが、当時は新鮮で、面白かったのだ。

でも、だんだん本心を語らなくなってきて、何となく、奥歯にモノ的な話し方も増えた。
そのうちに、何だか仲間内に閉じた感じになって。つまらなくなってきたな~と思ったら、まともな本が減っていった。雑誌の連載の過去ログ集、しかも対談の会話調を活字にしただけの、内容が薄い本が増えた。最近は、妙に物フェチに寄った少数が残るだけだ。途中で挫折した企画も多い。

何となくだが、自分の興味や好きなことを情熱的に語るスタイルと、ジャーナリストとして言うべきことの乖離が、埋められなくなったようにも見えていた。

業界内のポジションというか立ち位置が、そういうものになってしまったのか。
端的に、こういう記事では食えない、ということか。
雇われ教祖の役に、飽きたのか。
・・・歳、取っただけ?。

今回の本は、図書館を探して、この著者の、新しめの本を探して借りた。
2008年の本で、さして新しくは無いのだが。

読んでみて、驚いた。

見覚えがあった。
一度、読んでいる。
でも、忘れていた。 (印象が薄い)

前半は、今のGT-R(R35)のアセンプリ工程を紹介した記事だ。
一生懸命ホメているのだが。どうにも、提灯持ちな臭いがする。

製造工程を追って、その造りの良さをしきりに誉めているのだが。メーカーは、その必要があるから、やっているだけだろう。(でなければ、同じクオリティを作りこまない、それ以外の市販車全てを糾弾すべき、となってしまう。)

本書で直接見たのかは忘れたが、著者は、このR35 GTRを評して、
「これはゼロ戦ですよ」
と言ったと、どこかで読んだ。

この所、ずっと不景気だし、日の丸印の豪奢なGTRに気持ちが沸くのも、わからんではないのだが。

日本人の魂は、あんなにデブで巨大な、電子制御の塊になった、ということだろうか。

(ISBN 88-85386-52-0)

ふん。
案外、そうかもしれない。


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