NSR500 ハイパー2スト エンジンの探求2021/02/28 09:25


本書は、GPワークスマシンNSR500について、著者が実地にHRCを取材し、基本レクチャーからマル秘レベルに至るまで、情報をまとめたものだ。

NSRがどういう構造をしていて、それがどういう思想で、どういう経緯を経て成されたものかが書かれている。

元は、1995年に出た古い本で、先ごろ再販となった。
内容は当時のままで、補正や追加はないようだ。

この本が出た当時、私は、GPを始めとしたバイクレースのフォローは、一時中断していた。

世間的に、「24時間戦えますか」のような、今で言うブラック強要が、まだ普通だった頃だ。私も連日、夜中過ぎまで働いていて、レース観戦どころじゃなかった。

レースの方も、ちょうどミック・ドゥーハンがWGPのタイトルを連覇していた頃で(1994~1998年)、レースはいつも同じような展開で、見ていて面白くなかったのもある。

本書は、その「NSR最強」の当時に書かれたものだ。HONDAの2stレーサーがピークを極めていたまさにその時の極秘情報である。GPレーサーの中身なんて、今ほどは情報がなかった当時だ。この本は、画期的だったろう。実の所、肝心な所は見せてくれないのだが(笑)、かなりの部分まで見せてくれている。

2ストエンジンの技術情報ということでは、21世紀の今に至るまで本当に乏しくて、飢えているユーザーも多いだろう。本書は、その辺りもうっすら網羅してくれていて、その点でも実に稀有だった。

とはいえ、本書は、技術書ではない。「ちょっと詳しいユーザーが、聞きかじり情報をまとめたレベル」と言っていい。一般の技術書のように、論理から順序立てて説明されるわけではないから、読み手が、実際に手を動かす際の参考にするには、それなりに高度な予備知識なり応用力が、別途、求められる。無論、本職のエンジニアが、仕事で使えるレベルでは全くない。

技術的なトピック毎に、長めの記述があるものの、内容は整理されておらず、とっ散らかっている。技術情報と、著者の信念やあるべき論、HRCへの賛辞などがランダムに入り混じっており、たびたび区別がつかない。客観性に欠ける記述も散見される。

前後で矛盾する内容も多い。例えば、「HRCではデータを数値化し技術として一般化することで、データの応用性・有用性を高めている」と力説した後で、「2ストエンジンの諸データは測定が難しく、測定方法も確立されていないので、設計は主に試行錯誤による最適化に依っている」と続いたりする。

肝心の「最適化」についても、大まかな手順が書かれていればいい方だ。その結果の最適値も、無論のこと、開示されない。記されている数値は、この程度なら出してもよかろう、とHRCが判断したと思しき項目に限られている。その辺の力加減は、「バレてもHRCが痛くない程度」に、キッチリ丸められている。

開発の全体感の、大まかな流れとoverviewが端的に示されるのみで、例えば、2ストバイクの一般ユーザーが、自分のバイクの整備/調整/チューンナップに本書の内容を応用しようとしても、それが、NSR500に特有の事象なのか、2ストエンジン一般に広く応用できるものなのか、にわかには判断に迷う。そんな感じになりそうだ。

なので、単純に、NSR500の技術レベルを覗き込んで「スッゲ~!」とやるだけというのが、妥当な読み方だ。(私もこの口だ。)

個人的に印象に残ったのは、著者が(取材に応じてくれたお礼として?)一生懸命にHRCへの賛辞を書き連ねるのとは対照的に、その開発の方法論が、パラメータメッシュの絨毯爆撃に近い、ごく一般的な最適化に留まっていたことだ。

当時のロードレーサーのラインナップは、125cc 単気筒、250cc 2気筒、500cc 4気筒の3種類で、シリンダーは全て125ccである。つまり、125cc 2ストロークのエンジンを一つ極めておけば、後は、横展開、多気筒化の労力だけとなる。

お題がNSR500なので仕方ないのだが、お仕事としては「レースに勝てればそれで良い」ので、それ以外、または、それ以上の目標、例えば、もっと違う排気量への展開とか、燃費やエミッションなど将来に備えた開発とか、そういったものは、完全に範疇外となる。

本書の終章で、一応、制御関連の技術にも触れているが、この当時のことなので、「まずは電子化」といった、懐かしいレベルのお話でお茶が濁されている。さらに、「NSR500は素性がいいので電子化は必要なかった(だからマジメにやってない?)」とくれば、完全にお門違いと、そうなってしまう。

今現在、周囲を見回してみても、バイクに限らず、市場には、2ストエンジンは、ほぼ見当たらない。市販に供されているのは、草刈り機くらいだろうか。

その今に、この本を読む意味というのは、ノスタルジーしかないだろう。
(草刈り機をチューンしようという奇特な方が居らしたら別である。笑)

そんなわけなので、本書をお勧めできるのは、あの頃を懐かしみたい、あの時のあれはどうだったのかはっきりさせたい、そういった動機に応えるケースだろうと思う。
(私の場合、入院中の暇つぶし目的で購入した。ちょっとそぐわなかったが。笑)

さて。
以降は、個人的な興味である。

2ストの技術は、本当にもう、オワコンなのだろうか。

本書によると、2ストエンジンのメリットは、爆発回数が4ストの倍でパワーが出しやすいことは無論、充填率の高さ(チャンバー設計次第で、排気量を超える混合気を詰め込める)とある。そのメリットを今の技術で生かしながら、例えば、直噴化で現代化はできないものだろうか。

2ストで直噴などと言うと、 ディーゼル の話になったりするのだが(参考情報は こちら )、技術的に、もう一皮剥けないものかなあと、ずっと考えている。

あの、2ストの手応えは捨てがたい。

回転を上げるに従いパワーを上げる、ドラスティックさ。
パワー上昇と共に、焦点が定まって行く感じ。

あの、スポーツライドに好適な2ストエンジンを、もう一度味わえればと思うし、何とか後世に残したいとも思う。

私が考えるようなことだから、既に誰かがやっているのではないかと思うのだが。どうだろうか。


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新装版
NSR500 ハイパー2スト エンジンの探求(2010年10月)
オリジナル版
NSR500 ハイパー2スト・エンジンの探求(1995年3月)
ついでにプラモデル!(笑)
ハセガワ 1/12 HONDA NSR500 1989WGP500チャンピオン

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