読書ログ 「歴史を考えるヒント」 ― 2012/12/01 07:13
「手紙」というのは、中国では「トイレットペーパー」の意味だ、とどこかで読んだ。
これと同じような「違い」は、場所ではなく、時間の差でも起こりうる。
以前、外交の調べものをしていて古い文献を読んだ時、「先の大戦」というのが、第一次大戦のことなので注意せよ、と訳者あとがきにあって、驚いたことがある。
わかったからまだいいが、誤解したまま放置されてしまうと、この「違い」は「間違い」になる。
そして、そういう不幸は、検証どころか気付きもされずに、放置され、根付いてしまうことが少なくない。
実は、日本語は、この間違いが起き易い言語なのではないかと思う。
スペインあたりでは、国立国語学院?のような歴史ある機関があって、言葉の乱れ(意味の変化)をチェックし続けており、文法や発音はもとより、単語の意味も時代変化が小さい。なので、古い文献からも、当時の発音が精度良く推測できて、「日本」はハポン、「母」はファファと発音さていたらしい、という話をどこかで読んだ。
日本語は、そこまで安定していない。ここ数年を振り返っただけでも、ずいぶん乱れているように思う。これ、マジでヤバくねえか?、と乱れた日本語で心配したりしている。(笑)
そんなわけなので、現在でも使われている用語が、日本の古い文献でも使われている場合、当時は、意味が違っていたにも関わらず、今風の意味そのままで読まれてしまうことで曲解され、解釈として間違っているものが相当数、ありうるのだ。本書は、その幾つかを例に挙げつつ、では本当はどうだったのか?という目線で、日本の歴史の真実をひも解いてみせる。
「百姓」や、「関東と関西」、「日本」といった言葉の成り立ちから、当時の人々の考え方や、そうなっていく筋道(歴史)が紹介される。昔はどうだったのかしら?という興味が強い私などは、へー、そうだったんだー、と感心することしきりだった。
例えば、部落差別の用語に関する下りでは、それが時間的(歴史的)、空間的(地域的)にどのように分布し、変化し、成立して行ったかの過程を、文献の「言葉」を丁寧に拾い、組み上げることで浮かび上がらせている。当時の人々がどういう感覚でいたのか、そして、それが現代の我々にどう影響しているのかが、ひどく立体的に伝わって来るのだ。結果、今、差別問題に対する敏感度が、関西と関東でかなり違うことなど、いろいろなことが腑に落ちた。
さらに、同様なことが、職業に関する用語、「手形」とか「相場」などにも当てはまり、当時の人々の暮らしが、一般に考えられている「農業と身分制を中心にした平坦なもの」ではなく、もっと幅広く、色彩豊かだったことが書かれている。その話の広がりは見事で、読み応えがあった。
感心したのは「自由」の下りだ。本来は、我がままや横暴と同じような否定的な意味合いを持つ言葉だったが、鎌倉期に変容し、明治期に freedom や liberty の翻訳語として当てられたことから混乱した、とある。この翻訳の当時は「ちょっと日本語の意味と違うが」という但し書き付きで使われていたらしいのだが、そんなことはおかまいなしに普及してしまった。その結果、freedom の持つ、大切(思考の原理にかかわる)かつ重い(見返りとして責任が発生)ニュアンスが失われ、「何してもいいんだ」程度の、ひどく底の浅い(かつ多少否定的な)理解のされ方に留まっている、というわけだ。つまり、冒頭で記した「言葉の意味の取り違えによる大間違い」は、翻訳の世界にも散在しているのだ。
私はバイクの歴史を書くのが趣味なので、こういう視点は本当に参考になる。と言うよりむしろ、肝に銘じるべきとさえ思っている。今の感覚をそのままに、過去や他国を眺めると、間違うのだ。
イタリアで、バイクの昔の本を何冊か書いている爺さん曰く、「戦前のサーキット、その感触を今、そのまま思い出すのは難しい。でも、私は確かにそこに居た。私はそれを、伝えたい。」
古い歴史ともなれば、「そこに居た」わけではないので、文献を厳密に解釈できたのかは分からない。しかし、情報というのは、そういう危うさを常に含んでいるということを、認識するかどうかで、大きな差が出るように思う。
その「差」が、恣意的に作られていると感じることも多い(引っ掛けて儲けよう)昨今である。大きな選挙も近いらしい。今、我々を苦しめているものの原因が、そういった「言葉」の中にある可能性は、小さくないと思う。
言葉や歴史に興味が無くても、視点は新鮮だし、納得感もあるので、単純に気晴らしとしても読める本なのだが。何か見失ったような気がした時に読むと、見つけたり、思い出したり、腑に落ちたり、(題名通りに)ヒントがつかめたり、するかも知れないとも感じた。
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私が読んだのは新潮選書だが。安い文庫が出ているようだ。
歴史を考えるヒント (新潮文庫)
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