戦争にチャンスを与えよ ― 2021/05/22 07:23
(追記してアップし直しました。)
物騒な題名だが、無論、戦争をあおる意図で書かれた本ではない。
戦争が持つ効能を冷徹に論じた本だ。
著者は、戦略についての著述やコンサルティングを行うベテランの専門家だ。アメリカの外交系シンクタンクなどにも関わっている。世界中かつ歴史的に、戦略がどのように成されていたか/いるかに関する膨大な知識を元に、独自の解釈を売りにされている。
戦略とは、長期に渡り大局を見据えたグランドデザイン、といった意味合いのようだ。現場での些末から、時間的・空間的な俯瞰までを含む、広範囲な判断を指す概念になる。具体的な実行の手段である戦術や政治は、それに従属するヒエラルキーを成す。
争いのない平時でも、ただ漫然としていては、平和も安定も保てない。何を目的に、どう動くのか、考え、策定し、実行できて初めて、所望のレベルが保たれる。その活動は、戦時にあっては、なおさら重要になる。
ただ、一般に戦略というのは明文化されないもので(往々にして明示により達成が困難になる由)、為政者層の頭の中で、イメージとして留まることが多い。それを掘り返し、解釈し、考察する作業には、歴史的、文化的、宗教的な背景のみならず、人間という動物そのものを、冷徹に腑分けする能力も必要になる。
以下は私のまた聞きで、裏を取ってはいないのだが、
・動物というのは、共食いをする種と、しない種に、割と明確に分かれる。
・人間は、する方である。
著者の戦略論も、これに準じて理解できる。
人間は、群れを作り、争う動物だ。
争うことで、所望のものがかえって明確になったり、それが進歩につながることもある。
争わないことが、解にならなかったり、かえって遠ざけてしまうといった逆説的な帰結も、頻繁にあり得る。
その逆説的な帰結を、著者は、パラドキシカル・ロジック(paradoxical logic)と称して、実例を挙げて具体的に説明している。
例えば、先の大戦で、日本はほぼ完全に破壊されるまで十分に戦った。いわばそれ故に、大きくアップデートした今の姿に脱却することが可能になった。これが、例えば、闘い半ばの中途半端な戦況で妥協的な停戦に至ったとしたら、当時の前時代的な国体は維持され、争いの元もそのまま残ったろう。残存兵力を維持しかつ増やし、「次は必ず」という気分が、ずっと続いたろう。つまり、戦後の復興や反映などはありえず、戦争に伴う惨事を先送り(場合によっては拡大)しただけ、という結果に陥った可能性が高い。(今の朝鮮半島に似た結末、と言えるかもしれない。)
最近よくある、国連平和維持軍による介入も、表向きの目的は、戦闘の停止による人道的な生活環境の醸造なわけだが、実の所、争いの元の解消には全く取り組まないので、争いの種はそのまま維持されてしまう。結果、難民キャンプで体力を回復して反撃に出る、といったような本末転倒も実際に起きているし、難民キャンプの設営にしても、本来なら他の地域に移り、次の生活を立ち上げるという、より建設的な帰結を阻害し、「難民」という地位を固定してしまうという弊害をもたらしている。
つまるところ、戦争という手段に訴えた方が、損害を減らせることもある。
この本の表題はそういう意味だ。(もともとは、アメリカの外交系シンクタンクによる雑誌フォーリンアフェアーズに1999年に掲載された、著者による論文の題名。その論文は本書にも収録されている。)
この著者による他の著書を並べてみると、まず、幾つかの主著があり、それを補完する副読本のように、インタビュー集のような新書が複数出ている。本書の翻訳者は、そのインタビューを多数手がけている専門家だ。
本書は、どちらかというと、その副読本の方であり、翻訳者によるインタビューや、過去の論文などをまとめたものだ。それぞれを章立てにしているので読み易い。一見、逆説的で理解しにくい著者の主張を、要旨の部分だけを簡単に追うことができる、便利な本でもある。
ただ、著者の主張の詳細を追おうとすると、やはり、主著の方を当たりたくなる。その点では、不親切とも言える。(読者を次の本へとカスケードに誘導する、出版サイドの陰謀かも知れない。笑)
著者の主張は、一風変わっている上に、言い方も断定的で咀嚼しづらい。しかし、よくよく考えると、その通りだなあと、感心するようなものも少なくなかった。
例えば、 前回 、私は、昭和の日本は、都合の良い妄想に耽溺し、現実を見失って崩壊した、かつ、その病根は今でも残っている、と書いた。
この本で、著者は、同じことも言っている。
いい加減に現実を見つめろ、そろそろヤバいぞと。
かくいう私も、思いもしないツッコミを脇腹に食らうことが多かった。それはつまり、私も現実から目を逸らしていた、目に入っていなかった、ということでもある。そういった気づきがある、妙な納得感のある読後感だった。
難点としては、経済の話がほとんど含まれないことだ。人は所詮、損得勘定(特に金銭面での)で動くものだ。その辺りを踏まえてもらうと、もっとダイナミックで説得力のある議論になったろうと思う。
ただ、個人的には、この著者の主張は、間違っていると思う。
より正確には、「便利に曲解される」可能性が高いと思う。
人間は、戦う動物である。
そうかも知れない。
しかし、だからといって、戦わせておけばいい、それが最善だ、とはならない。
(著者の主張は、そう理解される可能性が高い。)
戦いに最上の価値を置いていた原始時代は、とうの昔に終わった。
今の我々は、それ以外の方法論や価値観を、豊富に持ち合わせていて、それらを自在に使うことができる。
「日本人は、先の大戦で十分に戦い切った」
そうかも知れない。
だが、「十分に戦ったからこそ、今がある」という説には、全く賛同できない。
そもそも、姿形がなくなるほどやられたから今がある、訳では決してない。
そうなる前に戦争を止めても、良い方向に復興することは可能だったはずだ。「今の姿」にしても、ソ連に先んじてアメリカに丸ごと占領された結果、その後の冷戦構造の勝ち組に組み込まれた、という地政学的な結果論でしかない。
あの戦争が終わった時、我々庶民は、もう沢山だ、こりごりだ、と実感していた。「十分に戦った」と言われるような、達成感や清涼感とは、全く別の次元に居た。
だからこそ、日本は平和を志向し、それを国是とすることに賛同した。(その意味で、現憲法は「押しつけ」などでは決してないと、私は考えている。)そして、その「賛同」、つまり平和への希求こそが、上述の「地政学的な勝利」の出発点となり、土台になった。
そういう流れを鑑みるに、本書の主張は、丸呑みするには適さない、と思うのだ。上で、本書は教科書(丸呑みするもの)ではなく、副読本(参考書)であると書いたのは、その意味でもある。「こういう意見もある、こう考える奴もいる(近隣かも知れない)」という読み方をすべきなのだ。
ただ、時代を眺める視界を広げて、地球規模で現代まで見回した時、光景はかなり違ってくる。「平和希求への土台」ができた当時とは、周辺も我々も、随分と様変わりした。特に変化の度合いが大きいのが「近隣諸国」であり、我々の変化が、主に「劣化」であるという事実が、事を更にややこしく、かつ、やるせなくしている。
そろそろ、戦略を練り直さねばならない。
一介の庶民の私でさえ、そう強く実感している。
ただ、「土台」は変わらない。
先の大戦の結果である「実感」は、今も変わらない。
それは我々の、大切な伝統だ。
それを得るために流されたおびただしい血と同じ血が、私にも流れている。
ただ、世間では、既に火が通りかけの茹でガエルさんも少なくないようで、「今の憲法は押しつけだから悪い、取っ払って戦おう」という、底の浅い主張が目につく。だが、思い出してほしいのだが、わが国は、「気に食わない奴はぶん殴る、気合いで本気出せば勝てる」という浅はかな気分は、とっくの昔、戦前に置いてきたはずなのだ。
そもそも、過去の怨嗟に土台を置くのは間違いだ。過去の事実は、解決のしようがない。結果、同じ所を堂々巡りせざるを得ないので、自力で外に出れなくなる。発展も進歩もできない。(お隣の半島を見れば、よくわかる。)
戦略は、現在と未来のためにある。我々の理念(=平和)を実現し続けるために、環境の変化を鑑みて、ここをこう変えよう、そういう目的論になるはずなのだ。
繰り返すが、本書の主張は、その議論の材料の一つとして使われるべきものだ。そういう考え方もある、そう考えるヤツもいる(ご近所かも知れない)、そういったコンテキストになるだろう。
そうやって初めて、本書の主張は、実地に役立つものになるのだと思う。
「複眼視の一つ」として、読まれるべきものなのだ。
本書の主張を「こなす」実力が今の日本にあるのか、少々気がかりだ。
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同じ著者の本を時系列に並べてみるのでご参考。
自滅する中国 (単行本)2013/7/24
リーマンショックを機に横暴さを増していた頃の中国を、戦略論的に詳細に分析した結果を論じている。周辺各国の情勢も包含していて、特に日本について、2010年頃から先鋭化してきた中国の反日活動や(日本大使館がドロドロにされていたのが思い出される)、2011年の東日本大地震がどのように影響したかの分析が、個人的には興味深かった。
エドワード・ルトワックの戦略論(単行本)2014/07/18
著者の持論である逆説的戦略論を、近年の紛争を例に詳細かつ豊富に論じた、ぶ厚い本である。彼の戦略論の基礎となる書籍ではあるのだが、説明は繰り返しが多く、体系化や深化はあまりないので(この著者は、当然視していることの説明は端折る傾向がある)、根本的な所の解釈や把握は、読者の読解力にかかってくる。多分に、大学の教科書的な印象を持った。
中国4.0 暴発する中華帝国 (文春新書)2016/03/18
上記「自滅する中国」のその後の情勢を踏まえたアップデート版で、主に翻訳者によるインタビューをまとめた本だ。表題は、中国は本質的に不安定で、頻繁に方針を変えている、今の中国はバージョン4だ、という意味だ。
戦争にチャンスを与えよ (文春新書) 2017/04/20
今回取り挙げた本である。
ルトワックの“クーデター入門" 単行本 2018/3/23
ある意味、著者の思想が最も端的に表れている本のようでもあり。興味はあるのだが。未読である。
日本4.0 国家戦略の新しいリアル (文春新書) 2018/09/20
これも翻訳者によるインタビューを中心にまとめた本で、日本の戦略について、当時何かと物議を醸していたトランブ大統領の辺りも踏まえて記述している。ただ、どうも著者がお年を召したせいなのか、説明を端折る傾向が強まっているようで、著者の物言いになじみがないと、ややもすると突拍子もない印象を受けがちのように感じた。内容としては、ちゃんと読ませるので、新書で気軽に読めることもあり、お勧めではある。
ルトワックの日本改造論 (単行本) 2019/12/12
上記「日本4.0」のupdate版ともいえるが、歴史的なoverviewはさて置いて、現代の情勢を重点的に論じた印象だ。日本の行く末について考える分には、一番包括的かつ最新なので、これ一冊でOKとも言える。ただ、上と同じ理由で「突拍子もない」印象もそれなりに強い。「これはどういう意味だろう?」という興味から、過去の書籍に当ればいいのだが、普通はそこまでしないだろう。結果、曲解されたり、古臭い、分かりにくい、で済まされてしまっては、少しもったいないのだが。
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