読書ログ 「教誨師」 ― 2014/03/22 06:27
日本では、死刑は一旦確定すると、覆る可能性はほとんどない。
(法の制度が、そういう仕組みになっている。)
「後は執行だけ」なので、更生の必要がない。だから、普通の刑務所のような、更生を目的とした教育や、職業訓練などは施されない。
死刑囚専用の施設に収容され、運動と自習だけの日々を、執行の日まで、ただ、続けるのだそうだ。
その死刑囚に対し、定期的に面談の時間を取り、宗教の教えを背景に話をする。
それによって、その魂に、幾ばくかの救いをもたらす。
できれば、真人間への更生を。
執行の日には、刑場まで付き添って、その傍らで読経などを行う。
教誨師(きょうかいし)とは、そういう仕事だそうだ。
私も初めて知った。
ずいぶん歴史の深い職業であるとも。
今の日本の場合、仏教系の宗派とキリスト教の教戒師が何人かいて、死刑囚の方が選ぶのだそうだ。
この本は、ベテランの教誨師が亡くなる直前に著者が取材をした内容を、補強、整理して、小説風にまとめた読み物だ。
一口に死刑囚といっても様々だ。
犯罪のレベル、人間の熟成の度合い。
無論、宗教的な背景も。
熱心に写経を繰り返す者も居れば、毎回、面談にただお茶を飲みに来るだけの者。いろいろだったようだ。
そもそも、死刑囚といっても、年がら年中凶悪な人間というのはいないもので、何らかの鬱屈や抑圧といった背景がある所に、ふとしたきっかけが重なって「踏み外した」、その、踏み外し方が、後戻りできないほど大きかっただけ、という場合がほとんどだ。(冤罪も多かったようだし。)なので、会って話をしてみれば、存外、普通なことが多いのだそうだ。ただ、世間から疎まれてきたが故に、人との繋がりが非常に希薄な場合が多く、じっくり他人と話したのは教誨師が初めて、といった場合もあるのだと。
ここに書かれている教誨師さんは、自身の広島での被爆体験をトラウマに、仏の教えでもって人の魂を救うべく、実に真面目に取り組む人物だった。
あまりにも真面目に取り組むが故に、その真摯さは、自分をも傷つけて行く。
何せ「死刑囚」である。
いくら魂を救ったとて、その肉体を救うことはできない。
むしろ、その執行を安楽に行うよう手助けをする、といった側面すらある。
「法の名の元の人殺し」である「死刑」に、職業として関与している。
そういう仕組みであり、役回りである。
魂を救うこと。
深い断絶から引き揚げて、せめて人間らしい感情を持って、逝ってもらうこと。
いくら気を抜かずに努力しても、そこまでたどり着けることは、稀だ。
それはそうだろう。
相対すれば、自分と同じ一つの「心」。
多少、形が変わるとて、量も重さも、自分と同じ。
自分の全てをつぎ込んでも、一つ救えるかどうか。
それが普通だろう。
しかも、死刑囚だ。
「どうせ、死ぬってのに」
「受け持ち」の死刑囚は、何人もいる。
無論、真面目に努力はする。
でも、届くか、実るかとは、全く別に、
みんな、順繰りに、目の前で、執行されて(殺されて)行く。
教誨師が負う傷は、多くて、いちいちが、深い。
彼自身の生い立ち。周囲の人々。
親。友達。教誨師の先輩僧侶。
戦後から現在に至る、社会情勢。
世論。マスコミ。
たくさんの、死刑囚たち。
その死刑囚の、家族や、縁者。
・・・。
人一人の人生とて、本には書けぬほどの重さがある。
それが、これだけの人数を包含すれば、その重さは想像を絶する。
だから、ここに書かれているのは、ダイジェストだ。
さすがに女性の著者だけあって、全体を矛盾なくまるっとまとめて、物語として飲み込みやすく「消化」してくれている。
それでも、「多くの人生のあまりの重さ」の片鱗は、垣間見ることになる。
たったそれだけでも、慄然として、立ちつくしてしまうのだが。
男性の著者だったら、こうは書けなかったと思う。
ディティールのいちいちに引っかかって、先に進めなくなったろう。
そもそも、この教誨師さんの苦悩のもとが、「あまりのディティール」にあった。そう感じる。
読んでよかった、とは思える本なのだが。
死を、ダイジェストで、扱った本なので。
あまり、読後感は良くない。
結局、何を感じたのか。詳細に語る気にもなれない。
多分、「一気に読んで、閉じる」本だ。
読者が何を思うか。死刑廃止か、うつ病対策か、何でもいいのだが、それは読者の側の勝手と。それでいいと思う。
私の場合、死は比較的、近くに感じているつもりではあったが。
それでも、しばらくは、寝つきが良くなかった。
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教誨師
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