◆ (単行本) 科学革命の構造 新版 ― 2024/01/08 06:35
新版とあるが、初出は古く、ほぼ古典と言える本らしい。
原著は62年に刊行。初の日本語版は71年に刊行され、これが長く読まれていた。
今回、23年に、翻訳をリフレッシュして再販になったと。
何やら大変に難しい本である。科学と哲学の鬼子、といった所か。
一見、理論として盤石に見える科学の世界でも、定説が根本からガラッと変わるような変化が起きることがある。著者は、それを革命と呼び、それがどう起きるのかの仕組みについて、思考を廻らせてきた結果を、ある程度時系列に沿って説明している。その意味で、題名に偽りのない本である。
ただ、それには、科学者が物事をどう考えているのか/考えるものなのか、まずそちらを腑分けしてかかる必要がある。科学の世界にどっぷり浸かって、その思考様式に疑問を持たない「中の人」には、こういう議論はできないものだ。
そこで著者は、ルール、パラダイム、危機、といったキーワードを駆使し、それらに独自の定義をを持たせることで、その科学思考の仕組みと、その変遷を、横からの目線で説明せんとしている。その辺り、独特な用語で、入り組んだ新世界の記述を行うという点は、哲学書の作りによく似ている。
科学脳と哲学脳の両方を駆使しつつ文章を読み解くというのは、あまり前例がないように思う。その試みに付いて行ける能力をお持ちの読者は、稀有な読書体験を得られるだろう。
しかし、本書が理解できたかと、科学の世界で革命と言えるほどの大仕事ができるかは、全く関係がない。話の骨子は、あくまで「今まではこうだった(かも知れない/のように見える)」の範疇だ。
多分だが、本書の読者は、科学者が多いように思う。科学を生業とするに際し役に立つ、または必要な思考だろうとは思うので、広くご一読を進めたいのだが、本書をこなせる読者は、やはり限られそうだ。
個人的には、どちらかというと「科学を知りたい哲学者」の方に読んでいただいて、感想を聞いてみたい気がした。
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科学革命の構造 新版 単行本 – スペシャル・エディション, 2023/6/13
原著は62年に刊行。初の日本語版は71年に刊行され、これが長く読まれていた。
今回、23年に、翻訳をリフレッシュして再販になったと。
何やら大変に難しい本である。科学と哲学の鬼子、といった所か。
一見、理論として盤石に見える科学の世界でも、定説が根本からガラッと変わるような変化が起きることがある。著者は、それを革命と呼び、それがどう起きるのかの仕組みについて、思考を廻らせてきた結果を、ある程度時系列に沿って説明している。その意味で、題名に偽りのない本である。
ただ、それには、科学者が物事をどう考えているのか/考えるものなのか、まずそちらを腑分けしてかかる必要がある。科学の世界にどっぷり浸かって、その思考様式に疑問を持たない「中の人」には、こういう議論はできないものだ。
そこで著者は、ルール、パラダイム、危機、といったキーワードを駆使し、それらに独自の定義をを持たせることで、その科学思考の仕組みと、その変遷を、横からの目線で説明せんとしている。その辺り、独特な用語で、入り組んだ新世界の記述を行うという点は、哲学書の作りによく似ている。
科学脳と哲学脳の両方を駆使しつつ文章を読み解くというのは、あまり前例がないように思う。その試みに付いて行ける能力をお持ちの読者は、稀有な読書体験を得られるだろう。
しかし、本書が理解できたかと、科学の世界で革命と言えるほどの大仕事ができるかは、全く関係がない。話の骨子は、あくまで「今まではこうだった(かも知れない/のように見える)」の範疇だ。
多分だが、本書の読者は、科学者が多いように思う。科学を生業とするに際し役に立つ、または必要な思考だろうとは思うので、広くご一読を進めたいのだが、本書をこなせる読者は、やはり限られそうだ。
個人的には、どちらかというと「科学を知りたい哲学者」の方に読んでいただいて、感想を聞いてみたい気がした。
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科学革命の構造 新版 単行本 – スペシャル・エディション, 2023/6/13
◆ (新書) コミンテルンの謀略と日本の敗戦 ― 2024/01/21 16:11
トンデモ系かと勘違いしそうな題名だが、明治維新からこっち、日本の政治思想がどう変遷し、その過程で共産主義がどう影響して、コミンテルンの活動がどう食い込んでいたのかを、歴史的な観点で描いた、真面目な本だ。
本書で、コミンテルンは、共産主義陣営による諜報活動と、教育感化や風説の流布による思想操作の機能を併せ持つインテリジェンス機関として定義されている。その活動の主体は言うまでもなくソ連だったが、ソ連に看板がついたオフィスを持つ歴とした組織ではなく、同種の活動に携わる人々による漠然とした組織体として捉えられているようだ。この辺りは、ほぼ一般的な理解と同じだろう。
明治維新で日本は、伝統的な(≒古式豊かで弱い)国体から脱却し、国力を蓄えて欧米諸国に立ち向かわねば国が維持できない、という事態に直面した。
「日本を一旦捨てて作り直さねば、日本が失われてしまう」という深い矛盾に囚われていたわけだ。それがもたらす苦悩と苦痛は、漱石や鴎外の吐露として今も読むことができる。
当時の日本のエリートは、この矛盾の解決方法を必死になって探したし、その実現に向かって死に物狂いで努力した。
国力を増して対外的に打って出る、マルクス主義を入れて新しい国家を実現する、日本の独自性・伝統・文化を守ることでベースを固める、といった辺りが主流であり、正論として流布されていた。
戦争が相次ぐ当時にあって、権力(つまり「国の出方」)どうすんの論は盛んに議論された。他方、経済どうすんの方は軽んじられた。当時は(現在もだが)経済理論、特にマクロ経済論は、理解にも浸透にも至っておらず、いわゆる経済オンチ的な政策で、事態がかえって悪化したりと「事を荒立てる」ことが多かった。しかし、そのことを正しく理解し、まして対処案を提示できる人間は、多くはなかった。
当時の経済理論の最新版はマルクスであり、実際それくらいしか選択肢がなかったから、それが「最先端の正しいこと」と理解されていた。つまり、この分野のエリートは、左傾化するのが常だった。
しかし、マルクス主義の中身というのは、社会構造のupdateを繰り返す前提になっている。コレコレこういう段階を経て社会は進歩し、その成果として労働者の楽園が訪れるであろう。社会構造のupdateとはつまり、今の社会を一旦壊す事でもある。いわゆる革命というヤツだ。革命を繰り返すのが善。そんな理論だから、基本的に権力を持っている国家サイドとの相性が悪い。必然的に、権力に弾圧されることになる。
貧しくなる一方の庶民の現状を憂い、何とか手を差し伸べるべく真面目に考える真摯な経済研究家ほど弾圧されたし、その人の良さは、コミンテルンが付け入るスキを大いに与えた。
中国共産党や、さらにその駐在所である日本共産党などによる表立った活動のみならず、政治の中枢の人間に直接、接近し、援助し、情報を与え(悪く言えば洗脳)、その思想を通して、日本の施策を操作しようとした。
コミンテルンの活動の本質は、本家ソ連の考え方を色濃く反映しており、悪いことに、それは困窮した労働者諸君を救うことを目的にしたような理想主義的なものでは全くなかった。仕切る側(党)というオイシイ側にどう権力を奪取・収奪して、そのオイシサを増すかの一点張りで、真摯な理想主義者が望む者とは真逆の姿だった。
その意図は、日本の国力を削ぎ弱体化させることで革命を容易にすることを目的にしており、これが戦争の長期化という手段を取ることもあって、一見では戦争推進派との相性が良かったりする。そんな事情もあって、事は単純ではなく入り組んでいてヤヤコシイ。コミンテルンが、日本の戦争突入を誘導した、介入した、助けた(?)ということになるのだが、その相手は、右翼を含めて多岐に渡る。
例えば、右翼系でも全体主義的な思想の持ち主なら社会主義的な施策との相性は良かったとか、学会の権威(東大法学部)はグダグダで、正当性や有効性はさておき権威を強化しひけらかすこと(≒批判)に主眼が置かれていた。しかも、下手に権威なだけに、彼らの放言を誰も止めなかったから、その言いたい放題は、コミンテルンに活動の材料を与えることにもなった。
手段を択ばず、社会主義を、やがては共産主義革命を目指すコミンテルンの活動は、政府や軍部の中枢を含む日本のエリート層全体にまだらに流布・浸透していて、それは必ずしも当人の思想とは関係がなかった。要は、コミンテルンにとって利用価値があれば誰でも良かったのだ。しかし、後からその活動を追い、実態を明らかにせんというこの著者のような研究者にとっては、そのことが、コミンテルンの活動を至極見えづらくしており、本書のような著作には、その苦労が偲ばれる。
活動が斑(まだら)で実際が分かりにくいコミンテルンの動向は、二次大戦後も大して変わらず続いていたし、それはきっと、今も変わらず続いている。日本ではマクロ経済論はいまだに弱く、権力論は、誰が何をするかという直接的かつ表面的なレベルに留まっている。為政者の経済オンチは今の日本も同じ事、コミンテルン的な活動のしやすさも、今も変わらず同じというわけだ。
コミンテルンの母体はソ連からロシアに変わったが、共産主義という古びた看板は脇に追いやり、存分に国益を追求する方針にシフトした。所謂コミンテルン的な活動は、重いコートを脱ぎ棄てて、より自由闊達に転換されているだろう。
それはきっと、世界規模で大きな紛争や戦争が相次ぐ昨今の世の中にあって、より活発さを増している。と言うかむしろ、ウクライナはコミンテルン的活動の大規模なもの、と理解できるだろう。
ただでさえ、自分の足で歩んでいる感触が薄れる一方の、今の日本に居て。本書は、貴重な警鐘の一つであるように思われた。
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コミンテルンの謀略と日本の敗戦 (PHP新書) 新書 – 2017/8/10
本書で、コミンテルンは、共産主義陣営による諜報活動と、教育感化や風説の流布による思想操作の機能を併せ持つインテリジェンス機関として定義されている。その活動の主体は言うまでもなくソ連だったが、ソ連に看板がついたオフィスを持つ歴とした組織ではなく、同種の活動に携わる人々による漠然とした組織体として捉えられているようだ。この辺りは、ほぼ一般的な理解と同じだろう。
明治維新で日本は、伝統的な(≒古式豊かで弱い)国体から脱却し、国力を蓄えて欧米諸国に立ち向かわねば国が維持できない、という事態に直面した。
「日本を一旦捨てて作り直さねば、日本が失われてしまう」という深い矛盾に囚われていたわけだ。それがもたらす苦悩と苦痛は、漱石や鴎外の吐露として今も読むことができる。
当時の日本のエリートは、この矛盾の解決方法を必死になって探したし、その実現に向かって死に物狂いで努力した。
国力を増して対外的に打って出る、マルクス主義を入れて新しい国家を実現する、日本の独自性・伝統・文化を守ることでベースを固める、といった辺りが主流であり、正論として流布されていた。
戦争が相次ぐ当時にあって、権力(つまり「国の出方」)どうすんの論は盛んに議論された。他方、経済どうすんの方は軽んじられた。当時は(現在もだが)経済理論、特にマクロ経済論は、理解にも浸透にも至っておらず、いわゆる経済オンチ的な政策で、事態がかえって悪化したりと「事を荒立てる」ことが多かった。しかし、そのことを正しく理解し、まして対処案を提示できる人間は、多くはなかった。
当時の経済理論の最新版はマルクスであり、実際それくらいしか選択肢がなかったから、それが「最先端の正しいこと」と理解されていた。つまり、この分野のエリートは、左傾化するのが常だった。
しかし、マルクス主義の中身というのは、社会構造のupdateを繰り返す前提になっている。コレコレこういう段階を経て社会は進歩し、その成果として労働者の楽園が訪れるであろう。社会構造のupdateとはつまり、今の社会を一旦壊す事でもある。いわゆる革命というヤツだ。革命を繰り返すのが善。そんな理論だから、基本的に権力を持っている国家サイドとの相性が悪い。必然的に、権力に弾圧されることになる。
貧しくなる一方の庶民の現状を憂い、何とか手を差し伸べるべく真面目に考える真摯な経済研究家ほど弾圧されたし、その人の良さは、コミンテルンが付け入るスキを大いに与えた。
中国共産党や、さらにその駐在所である日本共産党などによる表立った活動のみならず、政治の中枢の人間に直接、接近し、援助し、情報を与え(悪く言えば洗脳)、その思想を通して、日本の施策を操作しようとした。
コミンテルンの活動の本質は、本家ソ連の考え方を色濃く反映しており、悪いことに、それは困窮した労働者諸君を救うことを目的にしたような理想主義的なものでは全くなかった。仕切る側(党)というオイシイ側にどう権力を奪取・収奪して、そのオイシサを増すかの一点張りで、真摯な理想主義者が望む者とは真逆の姿だった。
その意図は、日本の国力を削ぎ弱体化させることで革命を容易にすることを目的にしており、これが戦争の長期化という手段を取ることもあって、一見では戦争推進派との相性が良かったりする。そんな事情もあって、事は単純ではなく入り組んでいてヤヤコシイ。コミンテルンが、日本の戦争突入を誘導した、介入した、助けた(?)ということになるのだが、その相手は、右翼を含めて多岐に渡る。
例えば、右翼系でも全体主義的な思想の持ち主なら社会主義的な施策との相性は良かったとか、学会の権威(東大法学部)はグダグダで、正当性や有効性はさておき権威を強化しひけらかすこと(≒批判)に主眼が置かれていた。しかも、下手に権威なだけに、彼らの放言を誰も止めなかったから、その言いたい放題は、コミンテルンに活動の材料を与えることにもなった。
手段を択ばず、社会主義を、やがては共産主義革命を目指すコミンテルンの活動は、政府や軍部の中枢を含む日本のエリート層全体にまだらに流布・浸透していて、それは必ずしも当人の思想とは関係がなかった。要は、コミンテルンにとって利用価値があれば誰でも良かったのだ。しかし、後からその活動を追い、実態を明らかにせんというこの著者のような研究者にとっては、そのことが、コミンテルンの活動を至極見えづらくしており、本書のような著作には、その苦労が偲ばれる。
活動が斑(まだら)で実際が分かりにくいコミンテルンの動向は、二次大戦後も大して変わらず続いていたし、それはきっと、今も変わらず続いている。日本ではマクロ経済論はいまだに弱く、権力論は、誰が何をするかという直接的かつ表面的なレベルに留まっている。為政者の経済オンチは今の日本も同じ事、コミンテルン的な活動のしやすさも、今も変わらず同じというわけだ。
コミンテルンの母体はソ連からロシアに変わったが、共産主義という古びた看板は脇に追いやり、存分に国益を追求する方針にシフトした。所謂コミンテルン的な活動は、重いコートを脱ぎ棄てて、より自由闊達に転換されているだろう。
それはきっと、世界規模で大きな紛争や戦争が相次ぐ昨今の世の中にあって、より活発さを増している。と言うかむしろ、ウクライナはコミンテルン的活動の大規模なもの、と理解できるだろう。
ただでさえ、自分の足で歩んでいる感触が薄れる一方の、今の日本に居て。本書は、貴重な警鐘の一つであるように思われた。
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コミンテルンの謀略と日本の敗戦 (PHP新書) 新書 – 2017/8/10
◆ (単行本) 四国辺土 幻の草遍路と路地巡礼 ― 2024/01/26 04:56
四国を回る人は今も多いが。本書は、どこを回った、どうだった、という「ご近所さんのお遍路経験談」のようなお話では、無論ない。
一応、著者の遍路に沿った形で話は進むが、そもそもが単純な記録ではない。そこに集う個々人はもとより、地域性や歴史に関しても深く考察した思索が続く。その広がりは、これを巡礼本と呼ぶのを躊躇させるに十分なほど、広く、厚い。
今ではほぼ観光と化している巡礼だが、かつては(そして少数だが今も)プロの巡礼が存在した。巡礼者は(地域によって差があるらしいが)それに関わる沿線の人々から施しを受けられるが、それにすがって生活する人々のことだ。実態は(あまりいい言葉ではないが)乞食に近いこれらの人々は、元居た場所に居られなくなるようなのっぴきならない事情を背に逃げてきた人、時に逃亡中の犯罪者まで含まれる。
そういった人々が起こす事件というのもコンスタントに発生しており、それを題材に、主人公の出身から経歴、価値観の辺りを並べれば、それだけで十分にドラマとして成り立つのだが。本書は、そこに留まらない。
四国の巡礼路は、同様にのっぴきならなくなった人々を受け入れてきた長い歴史を持つ。巡礼者の中には怪しい人々が一定数含まれていたし、その割合は昔の方が多かった。巡礼に追い込む理由には、病気、特にらい病があったし、従って、当時は人と見做されない身分階級の人々も含まれていた。しかし後者の人々は既に地域にも存在し、お上から怪しい巡礼者を取り締まる役割を課されていたりしたので、お話はややこしい。歴史を持つということは、つまり、考察に時間軸が必要になるということでもある。
また、同じ四国でも、巡礼者に対する許容度というか、受け入れの温度のようなものにも相当な差があって、時と場所により、かなりの斑模様を描いていた。当の巡礼者の方も、その斑模様の合間をたゆたいつつ、少しでも好条件を得ようと狡猾さを発揮するので、これまた一筋縄ではいかない。これを思索するとなると、地理的なプロットが必要なわけで、さらに話が入り組んでくる。
そういった巡礼の実態について、著者は、目の前のプロ巡礼者はもとより、地域の人々への聞き込みや、事件として警察沙汰になり明らかになった事例の追跡調査、古今の各種の文献などから豊富に情報を引きつつ、具体的に掘り下げ、リアルに描写を組み立てている。
第一情報である当事者への聞き込みだが、時系列的には「ウチの爺様から聞いた話では…」といった辺りが限界で、江戸末期~明治期の頃の社会制度の変革期までが範疇となる。それ以前の直接情報は収集できないが、社会の変革期でもあるその当時の影響は巡礼に対しても大きかったから、そこでの変化の考察も有効に効いてくる。
当の巡礼者の話の方は、脛にキズを持つ身、しかも口八丁だけで食っている人々でもあるわけで、真実をそのまま話してくれることは稀だ。大概は、ある程度の脚色はもとより、でたらめの物語まで各種各様がありうる。その辺の真贋の見極めは、著者の見る目に関わって来るし、一応は裏を取るにしても、多少の不確定性はどうしても残る。
そういった「ゆらぎ」も、読者が想像を巡らせる余地を成しており、本書の面白さをかもす要素の一つになっている。著者と一緒に巡礼路を、その時代を遡りつつ、たゆたう感覚を共有するのに一役買っている。
日本の文化の歴史、特に庶民レベルの暮らしがどんなものであったのかに想像を廻らすのは、日本の歴史や文化の独自性を理解するのに、必須の教材だと思う。本書は、そのことも想起させてくれるし、実に優良な資料であると感じた。
万人に読んでいただきたい本だ。
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四国辺土 幻の草遍路と路地巡礼 単行本 – 2021/11/26
一応、著者の遍路に沿った形で話は進むが、そもそもが単純な記録ではない。そこに集う個々人はもとより、地域性や歴史に関しても深く考察した思索が続く。その広がりは、これを巡礼本と呼ぶのを躊躇させるに十分なほど、広く、厚い。
今ではほぼ観光と化している巡礼だが、かつては(そして少数だが今も)プロの巡礼が存在した。巡礼者は(地域によって差があるらしいが)それに関わる沿線の人々から施しを受けられるが、それにすがって生活する人々のことだ。実態は(あまりいい言葉ではないが)乞食に近いこれらの人々は、元居た場所に居られなくなるようなのっぴきならない事情を背に逃げてきた人、時に逃亡中の犯罪者まで含まれる。
そういった人々が起こす事件というのもコンスタントに発生しており、それを題材に、主人公の出身から経歴、価値観の辺りを並べれば、それだけで十分にドラマとして成り立つのだが。本書は、そこに留まらない。
四国の巡礼路は、同様にのっぴきならなくなった人々を受け入れてきた長い歴史を持つ。巡礼者の中には怪しい人々が一定数含まれていたし、その割合は昔の方が多かった。巡礼に追い込む理由には、病気、特にらい病があったし、従って、当時は人と見做されない身分階級の人々も含まれていた。しかし後者の人々は既に地域にも存在し、お上から怪しい巡礼者を取り締まる役割を課されていたりしたので、お話はややこしい。歴史を持つということは、つまり、考察に時間軸が必要になるということでもある。
また、同じ四国でも、巡礼者に対する許容度というか、受け入れの温度のようなものにも相当な差があって、時と場所により、かなりの斑模様を描いていた。当の巡礼者の方も、その斑模様の合間をたゆたいつつ、少しでも好条件を得ようと狡猾さを発揮するので、これまた一筋縄ではいかない。これを思索するとなると、地理的なプロットが必要なわけで、さらに話が入り組んでくる。
そういった巡礼の実態について、著者は、目の前のプロ巡礼者はもとより、地域の人々への聞き込みや、事件として警察沙汰になり明らかになった事例の追跡調査、古今の各種の文献などから豊富に情報を引きつつ、具体的に掘り下げ、リアルに描写を組み立てている。
第一情報である当事者への聞き込みだが、時系列的には「ウチの爺様から聞いた話では…」といった辺りが限界で、江戸末期~明治期の頃の社会制度の変革期までが範疇となる。それ以前の直接情報は収集できないが、社会の変革期でもあるその当時の影響は巡礼に対しても大きかったから、そこでの変化の考察も有効に効いてくる。
当の巡礼者の話の方は、脛にキズを持つ身、しかも口八丁だけで食っている人々でもあるわけで、真実をそのまま話してくれることは稀だ。大概は、ある程度の脚色はもとより、でたらめの物語まで各種各様がありうる。その辺の真贋の見極めは、著者の見る目に関わって来るし、一応は裏を取るにしても、多少の不確定性はどうしても残る。
そういった「ゆらぎ」も、読者が想像を巡らせる余地を成しており、本書の面白さをかもす要素の一つになっている。著者と一緒に巡礼路を、その時代を遡りつつ、たゆたう感覚を共有するのに一役買っている。
日本の文化の歴史、特に庶民レベルの暮らしがどんなものであったのかに想像を廻らすのは、日本の歴史や文化の独自性を理解するのに、必須の教材だと思う。本書は、そのことも想起させてくれるし、実に優良な資料であると感じた。
万人に読んでいただきたい本だ。
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四国辺土 幻の草遍路と路地巡礼 単行本 – 2021/11/26
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