◆ (単行本) 賢い人の秘密 ~その22023/09/07 05:04

同じ本を2回取り上げるのは初めてだ。
(一回目は こちら 。)
同書をじっくり読み直したので、自分の思考の整理も含めて書き直してみた。折角なので上げておく。

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「賢い人」というのは、どういう考え方をするものなのか。

著者は、それを、要素ごとにピックアップし、まるで図示するかのようにマッピングして、そのトリセツを、バグまで含めて、示さんとしている。

人の思考のほとんどは、概念でできている。我々は、実際には存在しない、頭の中だけで形作られている抽象的な思考を基に、認識を組み立て、現実や、価値、意味といった「結果」を捻出し、判断し、行動している。

しかし、そのプロセスは、頭の中「だけ」では完結しない。頭の外の物質世界は無論、他人の頭の中の概念とも、ある程度は整合していないと、共有できない。

誰にも伝わらない独りよがりの概念は、物質世界で、群れをなして暮らす動物である人間にとって、何の役にも立たない。独自性は必要だが、全く独自では機能しない。そのバランスが大事になる。

概念は、ただの意識上のイメージなので、弱いし、脆い。容易に移ろうし、外からの影響で簡単に変容してしまう。実に頼りない代物だ。

その概念の妥当性は、どうすれば担保できるか。
本書は、それを追っている。

大切なのは、答えを知っている事(知識)ではない。
どうすれば答えにたどり着けるか、その方法を知っており、独力で実践できるか(知恵、知性、知力)の方だ。

著者は、プラトン~アリストテレスの辺りの古典を、出発点かつゴールとして扱っている。それが普遍的であり、未だかつて超えられていないからだ。

だから本書は、哲学の本でもある。

私は当ブログで、哲学を「自分が何を考えているか、考えることだ」と定義してきたが、本書は、まるでそのものの展開で進んでいる。

ここで語られるのは、「正解」の話ではない。
正解は、人それぞれ。人の数ほどある。
本書の主眼は「手法」であり、目的は「自分でできるようになること」だ。

著者は、人が物を考えるときの筋道を分類し、その各々の利点と欠点を明らかにし、それらをどう組み合わせれば最も上等に機能するのか、その時の注意点は何か、体系的な説明を試みている。つまり、本書で示されるのは、「人がものを考える時の構造」だ。

それは、人が本来的に誰でも共通して持つ能力だ。
だから、「賢い」と言われる人々の、上等のそれを正しく認識し、模倣・応用することで、誰でも近づくことができる。

以前、私は、「大人」を、「他人に何かをする側の人間」と書いたが、その文脈で行くと、「大人になること」は、「人から何かをされる側(子供)から、する側(大人)に転じること」となる。本書の目的は、「自立して思考し、確たる境地を示せるようになること」なので、ほとんど同意だ。つまり、本書は、教育の話でもある。

著者のバックグラウンドは教育分野であり、本書でも、教育について、章を割いて説明している。現代主流の詰込み型の教育の瑕疵を痛烈に批判し、本来あるべき教育の姿を論じている。副題の「天才アリストテレスが史上最も偉大な王に教えた云々」は、そのことを言っている。

以下は私見に移る。

とかく近年は、認識の材料としての情報の量が劇的に増え、かつ、多くの人の手を経るようになっているから、他人の意図を反映した、偏っていたり、歪んでいる情報を基に、思考を強いられることが多い。

他方、許容される認識のブレ幅は、大きくなる傾向にある。許される余地は広がっていて、それは例えば、最近よく耳にする、個人主義とか、多様性といった言われ方にも、端的に表れているように思う。ジェンダーを自己認識で識別するといった近年の動向も、この趨勢の一端と言えるだろう。

自己認識の自由度の増加は、曲解と言えるようなエラーを生みがちなようだ。

自己に都合がよいように概念を変えていいなら、人は利己主義に陥るし、それを恥じなくなる。

他人に影響し、侵食することで、自分の利益が増やせるなら、その方が得だし、利口である。そういった、現代ならではの現実主義は、利己主義を、オブラートで包んだだけにも見える。

影響力の強さは権力であり、大はエラい政治家の先生から、小はネットでキャン吠えしている自称・インフルエンサーまで、その利を争っている。

それが時に、各種の暴力性を帯びたり、偏向の殻に閉じこもったりするので、甚だ見苦しい。

本来、概念は、updateに柔軟であり、自己研鑽により磨き上げ、その濃さを増して行けるものだ。

ただ膨張し、浸食し、硬化するというのは、方向性として真逆であり、間違いだ。

SNSでの言い合いはもとより、政治家の言葉の空虚さは、いくらそれを検証し、あげつらっても、当の本人は全く影響を受けなくなった。
先生方は、妙な屁理屈で一件落着を決め込んで、利権の誘導に余念がない。一言政治がスゲエという、過度に単純化された世界観の新世紀は、そうやってやってきた。

「他人よりデカい肉をゲットしたヤツが勝ち。」
我々は、自己解放を極めて、イヌになった。

思うに、日本人は、歴史的に、この真逆の思考法に、親和性が高かった。
周囲の大多数の共通認識が真実、という思考方だ。

実態不明な「世間」を設定し、それを盲目的に共有し、規範として敬え、という同調圧力は、今でも増大し続けている。

学校で先生が言い募るのは、「目上(の先生)を敬い模倣せよ」という、同様の論だ。そして、互いにけん制し合うだけで、自らは進みたがらない「いい子」が量産されている。

ただ迎合するだけで、自分ではペダルを漕がない。個人のドライブ力が低下している所に、人数も減っているから、日本の国力は、低下の一方だ。
それは全く、本書で糾弾されている、間違った教育そのものだ。

ところが、同様な劣化の帰結は日本だけではなかったことが、最近特に明確になっている。

米国はトランプにやられた。
中国やロシアも、一人の政治家に蹂躙されている。

民衆の耳目を塞ぎ、情報を特定のものに限れば、人々の認識は、真実は、容易に操れる。

それが露呈したことに危機感を感じた著者が、自らの思考に因って立つとはどういうことか、容易には他人に操られない、賢い人というのはどういう考え方をするものなのかを著書としてまとめる、大きなきっかけになったようだ。

目的は、自分でできるようになること。
大人になることだ。

そうやって自立して初めて、人は、幸せの背中を捉えられる。
あとは研鑽にて、近づくのみである。

そこへ至る武器を与えてくれる。
(既に持っている人は、その整理と研ぎ直しを迫る。)
その知的作業を行う材料として、指針として、本書は役に立つだろう。

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賢い人の秘密 天才アリストテレスが史上最も偉大な王に教えた「6つの知恵」 単行本 – 2022/12/8

◆ (単行本) 危機の時代に読み解く『風の谷のナウシカ』2023/09/10 05:27

どこかの書評か何かで見かけた本だ。
よく覚えていないのだが、えらい人気、と自称していた。

どれどれ、と図書館で借りて読んでみた。(予約は長蛇の列だった。)

しかし、その下馬評(ステマかも)や、この表題から期待されるほどの本では、全くなかった。

そもそもこの表題、かなり盛っている。

各界の著名人が、主にマンガの(映画ではなく)ナウシカを論じた短文集だ。朝日新聞デジタルの連載を、単行本にまとめたものだそうだ。

筆頭に来るのは、スタジオジブリのプロデューサー、鈴木敏夫氏のインタビューだ。宮崎駿氏と、文字通り半生を苦楽を共にした鈴木氏は、当時のナウシカの仕掛け人でもあり、実情の裏の裏までご存じだ。その中で氏は、ナウシカが、巷で言われるほどの深い思索や、普遍性を熟慮したものではなく、もっとお気楽な娯楽ベースのスタートであったことを、赤裸々にぶっちゃけている。

その冒頭の章の後に、各界の第一人者によるナウシカ評が続く。学者、俳優、研究者、アナリスト、評論家といった、そうそうたるメンバーだ。

しかし、彼ら彼女らによる文章は、いわば著者目線のナウシカ像だ。さんざ深掘りし、何かを見つけた、または思索として形を成したものの、それは著者自身の考えによる造作であって、ナウシカは材料として使われただけのように見える。

さらに困ったことに、それら「半ば自分語り」のほとんどは、表題にある「危機の時代」とは、あまり関係がない。

つまり、本書を通読しても、今の不安の時代を生きる糧には、ほとんどならない。

ふーん、そういう読み方もあるのかー、そう来たかー、と感心するのが関の山なのだ。

こりゃ朝日と徳間に一服盛られたなと。
そんな読後感だった。

ナウシカ(マンガの方)に余程の思い入れがあるか、宮崎作品のかなりのマニアにしか、お勧めできない本だと思う。


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