読書ログ 「イベリコ豚を買いに」 ― 2014/06/21 05:05
図書館で見かけて。
スペインの食文化を楽しく紹介してくれる本、または、ちょっと変わったスペイン旅行記、といったあたりを想像したんだが。
違った。
正しい題名をつけるとしたら、イベリコ豚を『売りに』。
副題は、食品業界のOJT、といった所か。
著者は、数多くの著書を持つ作家さんだ。
ルポっぽいものも、たくさんあるらしい。
本書も、その一冊だろうか。
基本的には、何かを紹介したり、特定の題目について掘り下げる本ではない。著者が見聞きしたこと、考えたことを、そのままのアスペクトで記していくスタイル(よく言えばルポ)だ。
ひょんなことから、イベリコ豚に興味をもった著者が、本場スペインの関連業者に取材を申し込む。しかし、時期が悪く断られてしまう。どうしても取材をしたい著者は一計を案じ、「売ってくれ」という話に挿げ替えることを思いつく。ビジネスとして話を持ちかけることで、玄関を開けてもらおうという算段だ。それで、晴れて取材は叶ったものの、「買ってしまった」豚肉は、量としては少なくない。かかった金額を考えても、ぜひとも商売としてさばきたい。そこでの苦労や工夫なんかを、時系列に綴っていく。
表向きは、そんな感じだ。
でも、これは私の当て推量だが、著者はたぶん、単なる取材のための方便として、豚肉を買うことを思いついたのではないのだろう。ずっと前から、食品を売ること、食品でビジネスをすることに興味があった。「やってみたい」 その思いが、このきっかけで発露した。そんな感じがする。
著者が伝えたいことは、次の2点のようだ。
まず、イベリコ豚が、実は大変に希少であり、我々がその辺で触れているものの大概は「まがい物」だ、ホンモノはもっと素晴らしく美味である(値段も相応だが)、ということ。
ちょっと前に、オリーブオイルでも同じような話をしている人がいたが(エキストラバージンの粗方はまがい物だ、云々)。実際のところ、ワインなんかも、大同小異なのだろう。私個人の経験でも、イタリアで飲んだキァンティやグラッパは、こっちで呑んだのと全然違って、「美味い」どころか、ダイレクトに「嬉しい」代物だったし、オリーブオイルなんて「まるで別物」だった。そういった、食材の実際と風説の乖離は、今や世の中的にもある程度は了解済みのような気がするし、だから、今更イベリコ豚で強調されても、特段の感想もない。この本に手を出しそうな好き者の皆様も、大概は同じではなかろうか。
もう一つは、食品をビジネスとして成立させることの大変さだ。値段相応の味であることは無論のこと、品質の安定性(製造バラツキや、流通中の品質変化の少なさ)や、歩留まり(加工で減る分や、不良品が少ないこと)も達成せねばならない。そういったことにかかる労力は並大抵ではないのだが、著者自身、それを初めて体験し、感動したから、伝えたいと。
しかしこれも、要は、プロというのは、アマと違っていろんなことに気を使っているんですよ、知識レベルはもとより、守備範囲も桁違いですよ、というだけのことだ。「プロの道は厳しい、生半可なことでは食ってはいけない。」 そんなのは、食品以外でも、何らかのビジネスを生業にしている皆様には、普通の感覚だろうと思う。私も特段、真新しい感じはしなかった。
というわけで、期待ほどには、読むところが無い本だった。
意地悪く見てしまうと、「こんなに苦労して作った私の商品は、ホンモノのイベリコ豚を使っていて、その辺には無い、素晴らしい商品ですよ」という宣伝かい、とも言えるのだが。そこまでの悪意は感じなかった。著者がいろいろ体験し、学んで行く様を、純粋に楽しめる方というのもいるのだろうし、そういう人にこそ、向けて書かれた本なのだろうと思う。
ちなみに、食品ビジネスを始めようとする人が、実地の参考にするのも難しい。本書の内容は、既に食品業界に人脈があり「顔が利く」著者だからこそできたことで、一般人が直接の参考にできることは、ほとんどない。抽象的な教訓として読むのが、せいぜいだろう。
しかしまあ。
読んでいる最中は、腹が鳴り通しだった。
そりゃね。美味そうな肉の描写が続けばね。
でも実際、ここ日本では、ただの生ハムだって、ホンモノは探さないと見つからないし、あったとしても、高くて買えない。ワインも同じだ。それに、よしんば買えたとしても、ご当地で食べるのとは、全然、味が違ったりする。
イベリコ豚だって、スペインに行って、向こうの風土と人々に囲まれながら食べるのが一番だし、その食材の本当の味というのは、そうしないとわからない。
それに、輸出入の経路での品質の劣化も当然ある。それを知りつつ、あえて持ってこようとするのは、著者が主張する「食材に対して失礼」に当たるようにも感じるのだが。
だから私は、どうせならニッポンの食材に凝りたいし、そっちの方が、やはり本筋のように思う。
せっかく日本に住んでいるんだから、ホンモノの日本酒や日本食の方に、まず、目を向ける。
今なら、迷わず、福島産だ。
(実は、当地の酒蔵から、せっせと通販していたりする。これが旨い…。)
梅雨の晴れ間に、地元をツーリングしながら、田植えからしばらく、苗が青々と延びてきた田んぼが連なる風景を眺めながら。今年も、いい米、美味い酒を、農家の皆様と八百万の神に祈った。
ホント、何もできませんが。せめて、その分は払いますので。何卒、今年もよろしくお願いします…。
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イベリコ豚を買いに
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