80年代のバイクの本(4) マイバイクマイライフ ― 2015/03/22 08:00

題名からは、なんのこっちゃワカラン本だが。
「カスタム」について、まとめた本だった。
1981.10 刊。
えー、「カスタム」と言いいましも、オトコ仕様の軽自動車のことではございませんで。(笑)
著者の来歴

バイクのカスタマイズとは言え、昨今のような、
・ 「これがいいパーツだ!」と決め打ちリストから好きなのを選んで
・ ただ無闇に喜ぶ。「いいパーツつけちゃった♥」
の類の、不毛な「To Do List マニュアル方式」とは全然違う。
もうちょっと、大人の書き口である。
どんなに気に入ったバイクとて、気になる部分、直したい、または変えたい所というのはあるものだ。しかし、物理的、法的、道徳的にも、様々な制約はあって、何でも思い通りに、とは行かない。
その制約の中で、どう理想に近づくか。
いや、楽しむか。
世の中には、こういう風に(カスタムで)バイクを楽しんでいる人たちがいる。
それを真似する必要はないが、参考にはできる。
あなたは何をしたいのか。
どう変えて、どうしたいのか。
それがわかって、できる見込みがあって、幸運なことに手段も見つかったのだとしたら、「こういう風にやってみればいい」。
メーカーのオプションパーツも有望だが、パーツメーカー製も沢山ある。昨今は、専門誌も広告誌かと思われるほどだが、粗悪品を売りっぱなしのいい加減なメーカーも少なくない。近くに用品店がない場合でも、通販可能の文言に飛びつかず、電話なり手紙なりで(←この辺が時代を感じる)ちゃんと問い合わせて、しっかり品質の説明を受けて、納得してから購入に至るべきだ。その場合でも、もし可能なら、バイクを買ったショップに頼んで入れてもらう方がいい。(サポートが期待できる由。)
などなど。
「雑誌は実質カタログ誌だし、悪質業者も多い」といった辺りは、今のことを言ってんのか?という臨場感である。(笑)
要するに、バイクをいじる、カスタムするということについて、今よりももう少し、本質的な所を考えている。そんな印象。
逆に見ると、バイクを持ち、乗ることの何を、楽しいと思うものなのか。
そのリサーチの結果とも思える。
(もと、メーカーにいた人ならではの視点だ。)
とは言え、書かれていることは、さほど真新しくはない。
カスタムペイントのやり方とか。
カスタムの類型の紹介と説明。(アメリカン、ツーリング、オフロードラリー、カフェ、クラシックなど。)
パーツの選び方(視点やコツ)とか。
著者のカスタムショップによる作品も、チラッとは出てくるが。
単なる例示であって、宣伝臭はあまりしない。
一読して、懐かしいなあ、と思った。
80年代。
本当に、いろいろ不便だったのだ。
純正の部品でさえ、バイク屋では部品単体で売るのを嫌がって入れてくれなくて、仕方なく、メーカーのパーツセンターまで出向いて行って、つっけんどんな受付のオネエチャンの扱いにちょっとメゲながら買って来てたなんて、もう「オラが若い頃の昔話」だ。
この頃に比べれば、いろいろと、ずいぶん便利になった。
今や、パーツも用品も購入はネットでラクラクだし、その前の情報収集も、クチコミやら何やらいろいろあって、便利というか、様相が一変している。
でも、クチコミといっても、コメントする側のレベルも事情も様々で、あんまり当てにはできないし、サイトに出てるパーツの写真なんかも、実に巧妙に撮れていたりで(笑)、世知辛さとしては、あまり変わっていないような気がする。
自分で直接やれる余地が増えるのはいいのだが、その分だけ自己責任も大きくなるし、流通のシステムは、昔とは違った意味で複雑さを増しているから、業者側が落とし穴を掘ろうと思えば、掘れる余地も増えている。
片やハード(バイクの本体)の方だって、機械的に手を入れる余地はどんどん無くなっていて、電気的(制御チップ周り)にも手が入れられるとは限らないから、ことカスタムに関しては、この当時に比べて、キャパシティ(やれることの量)は増えている一方で、アビリティ(何ができるかの可能性)は減っているようにも思う。
ショップの方もナンだろう。昔は、後付けパーツがボルトオンでポン付けできるとは限らなかった(機械的な加工が必要とか)から、昔のバイクショップは、その辺も含めて商売になっていたのかもしれない。(機械屋さんとしての腕前が儲けにつながっていた。) 今は、ほとんど「何台売れるかの数字だけ」の商売に近いから、ショップ側の事情としても世知辛いだろう。
ご存知の通り、私自身は、カスタムにはあまり肯定的ではない。バイクいくらを弄り回しても、大抵は量産のバイクに量産のパーツを合わせているだけで、結局はただの順列組合せの世界、または、既存のイメージをマネしているに過ぎないと思っている。ワンオフという手もあるのだが、作る、つける、維持するのどこを取ってもコスパが悪くて、ヘタすると「悲惨」。そんな例もずいぶん見た。どちらにしろ、ご本人の目的だった「男の夢」、「オレだけの一品」からは、実体としては、かけ離れてしまう。だから私は、素のバイクとして、良くできているものを選べさえすればOKで、後は走る方に専念した方がお得だろうと、そう繰り返し書いている。
ただ、この本にあるような楽しみ方をしたい/している人がいるのも知っているし、バイクは自由の乗り物だから、やりたいなら存分にやればいいと思う。多分、著者は、メーカーではそれができないが、やりたいからこそ、メーカーを離脱して、自分のデザインハウスを立ち上げたのだと思う。
それが成功したのか、世間にどんな影響を及ぼせたのかは寡聞にして存じないのだが、今、ただのキラキラ盆栽と化しているカスタムバイクを見るにつけ、何と言うか、もうちょっと本質的な所をしっかり踏まえるなり、考え直した方が良いのではないか、と感じさせる例も、相変わらず多いように思うのだ。
かといって、例えば今、私が、メーカーのエンジニアで、勤務先を退社してカスタムを仕事にしようと仮定した時、何かよい提案が出せるのかと問われれば、無理だ。(笑) メーカー勤務当時の人脈で、金づるをしっかり握れているとか、そういうベースがあるのなら、少しは遊べるかな、とそんな程度。商売として「食うこと」を優先すれば、顧客の満足よりも自分の収入を優先するという、その辺に氾濫する類の「急ぎ働き」と、同じレベルになるだう。
そんなわけで、新しい知識が得られたわけでもなく、読後感もさほど良くはなかったのだが。これがいいんだよ!ボクはこれを買うことにした!ではなくて、「こういう楽しみ方もありますよ」、そういう語り口が、昔の大人を感じさせる一冊だった。
こんな本が、今も、少しはあった方がいいのだろうとは思うのだけれど。
出しても、売れないんだろうね。
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マイバイクマイライフ―カスタムバイクの世界
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