読書ログ いま世界の哲学者が考えていること ― 2016/12/10 06:48
版元のダイヤモンド社のサイトなどでも、よくプロモを見かけた近刊だ。でも中身は、題名ほどのインパクトはなかった。
一般に、哲学書というと、あの吐き気がするほど手ごわいのが思い浮かぶが、本書はそんなことはない。ごく平易に書かれている。平易すぎるくらいだ。
基本的に、他の本に何が書いてあるのかを簡潔に紹介する本なのだが、単純化が過ぎて、実体とは異なっている可能性はあると思う。
内容を簡単にまとめると、
・近年になってあらわになってきた事柄、ITやバイオ、環境問題など
・近年崩壊した/しつつある事柄、宗教や資本主義など
について、
・哲学がどう扱っているか
・それらを扱った書物を、哲学の観点で読み解くとどうなるか
を、広範囲にツマミ食いしたものだ。
個人的には、知らない内容はほとんどなかった。最新の脳科学とかチューリングテストについては過去にも読んでいる し、この間のウオール街の騒動や環境規制などの時事問題もよく聞く範囲だ。
まあ哲学の側からすれば、IT化で、傍に居ない人とも頻繁にコミュニケーションできたり、世界中の情報が手に入り、何でも知った気になる人が多くなると、人間の認識の様子が変わったことになるので、人間を扱う哲学としては、やり方を変えないといけなくなる。さらに、人間と区別がつかないAI とか、バイオテクノロジーで人工的に作られた人間(クローンなど)が出現してくると、哲学は人の何たるかを扱う学問だからして、それまでは自明だった「どこまでが人なのか?の境界」という「初めの一歩」から、見直す必要に迫られる。
資本主義や民主主義が行き詰っているのは、私のような一般民間人には実感として募っているが、それがどういうことなのか、哲学は、描くことができていない。「欲と二人連れ」の資本主義の、大またの歩みに対して、哲学の、ゆっくりとした、せいぜい「慎重な」スピードは、全くついて行けてない。遥か前方でケつまずいた資本主義のかかとを、ずいぶん後方から眺めているような印象になる。
宗教も同じだ。既存の宗教を、いかがわしい、うさんくさいとディスったり、論理でもって分解してみたところで、哲学が一歩進むわけでもなく、かえって哲学自信が宗教っぽく胡散臭くなるだけだ。哲学の本のはずなのに、ドーキンスまで出すのはどうかとも思う。
環境問題も状況は似ている。基本は、人間は地球の環境に食わしてもらっているから、それを破壊してしまうと死んでしまう、だから保護しましょう、なのだが、そのスピリットをピュアに突き詰めると、ゴールは「人間がいない、または現れる前の、ありのままの自然」になるから、人類全滅が理想になってしまう。哲学がこの矛盾を解けるとも思わないが、きっと、トランプ新大統領が環境保護に大ブレーキをかけたりするようなことになって、また急激にUターンが起こったりすると、哲学は尚のことついて行けないだろう。
なにせ、ものが哲学なので、結論はない。考えるのが目的だから、結論以前の、提起がせいぜいだ。どうしたらいいのか、という解を求めてはいけない。それはわかる。のだが、となると、この手の本は、ただの紹介文の百花繚乱にならざるを得ない。
まさに、そういう本だった。
まあそうだろう。哲学の本懐を、ダイヤモンド社が¥1600で読ませてくれるわけもない。
次に何を読んだらいいか迷っている人には、指針になるかも知れないが。それ以外の人には、自腹で広告を買うようなものだろう。
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いま世界の哲学者が考えていること
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