読書ログ 「生き心地の良い町」 ― 2013/09/07 05:11
これは、有益な本だった。
下手な文化論などより、よほど具体的、実践的に、ものの感じ方、考え方について、有益な示唆になりうる。
むしろ、哲学的ですらあった。
著者は、健康の研究、特に、精神面、自殺関連の研究者である。
地域によって自殺率に大きな差があることに着目し、「自殺の原因」とは逆のアプローチ、「自殺を抑制する要因」があるのではないか、との仮説の元、調査研究を行った様子と、その結果をまとめている。
調査の方法は、一般的な「統計的な社会心理学」あたりとは違っている。この手の調査研究の常として、アンケート調査なども行ってはいるのだが、ただの手段の一つであり、むしろ、実際に現地に赴き、人々に溶け込み、実地に話を聞くことで、地域性のようなものを、肌で感じ取ろうとする。無論、研究の重点は、後者にある。(だから、多少の推測が入る。)
事前に法的に許可を取る必要があったりで、地元の役場を通したりもするのだが、所謂お役所的なところ、上から目線のようなことは全く無くて、現場主義に徹している。役場の担当者すらも、聞き込みの相手として、調査のフィールドに引き込んでしまう。
著者の意図は、自殺の防止にある。
人が自ら死を選ぶことの業の深さ、残された人々に及ぼす影響、その大きさ辛さを、人一倍感じている。
だからこそ、この道に入った。
その一点を見つめ続ける著者の目は、優しいが、揺るがない。
そうして、その目線が深度を増すうち、ある種の、人間の本質のようなものにまで、到達しかける。
全く、こういう、純で、鋭い感性が、こつこつと進める仕事のクオリティにはかなわない。その辺によくある、スピードや効率なんかを軸にした性急な奸智(誰でも分かるビジネス書、の類なんか)とは、まるで比較にならない。
著者が掘り起こしたエッセンスの幾つかは、個人的には、共感できるものだった。どころか、普段、そうあろう、ありたいと願い、意識しているものと、通じるものが多かった。
我田引水でもって、私の言葉で書くと、
現実から始まり、現実に終わる。
夢や理想は、その間のエッセンスに、少し使うだけにしておく。
自分を美化しない。むしろ、忘れる。でないと、変われないし、進めない。
信用なんかしなくても良い。ただ、許す余裕は欲しい。
無論、著者が書いているのは、私が箇条書きにできるような単純なことではない。ホイと要約できるような深度ではないので、そこはぜひ、本書をお手に取っていただきたい。
こういった、フィールドワークものを読むと、いつも感心する。
というか、反省する。
日本の田舎なんて、どこも似たような大らかさと偏屈さを兼ね備えていて、多少の地域性はあるだろうが、根本は(日本文化として)似たようなものだ、という意識が、多少なりだがあったのだが。大いに間違っていた。
私も、たまに趣味のバイクで田舎を走りはするものの、いつも急ぎ足で通り過ぎるだけで、地元の人と話しをするのさえ稀だ。
そんなんで、何か分かったつもりでいたとは。
私も、性急な奸智でものを見ていたのだな、と深く反省した。
最後に。
これを、時間軸で補完・延長したら。
過去、どうだったか。
将来、どうなるか。
著者の研究が、そこまで到達できたなら、ぜひご意見を伺いたいと思った。
Amazonはこちら
生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://mcbooks.asablo.jp/blog/2013/09/07/6974257/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
_ 天竺堂の本棚 - 2014/03/08 14:56
慶応大院生の健康マネジメント研究を基にした本。自殺率が全国的に極めて低いという、徳島県の海沿いにある海部町(現・海陽町)で調査。住民気質に見られた「個々人の多様性を認 ...
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。