「 Japan's Motorcycle Wars: An Industry History 」2011/11/20 17:12



日本のバイク産業の興隆を広範に研究

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「バイク産業の歴史」に類する本は、これまでにも幾つか取り上げたが。 ( マン島英国カワサキ戦後 ) 本書は、視界が桁外れに広い。登場人物も多いし、データも豊富だ。

どちらかというとマーケター的な視線でもって、広範囲に取材し、数字を挙げつつ、日本のバイク産業が勃興していったその様子を、時系列で(歴史として)描こうとしている。

読み物というより、「研究」や「報告」に近い印象で、写真はほとんどなく、文字と、たまに数値テーブルが出てくる、そんな作りだ。とはいえ、凝った言い回しや専門用語で飾る趣味はないようで、数ページ我慢すればボキャブラリがだいたい把握できて、以後は楽に読み進められる。そのあたりは、普通のペーパーバックと同じと思っていい。(ペーパーバックにしては安くないが。)

データを俯瞰、解析しつつ、様々な断面で切って見せて具体性を持たせる。この「見晴らしのいい」感じは、ビジネス書でもなかなかない。バイク関連本では、本当に珍しいと思う。

バイク製造を生業とするには、いいバイクが作れる(設計開発)だけではダメで、パーツの調達からディーラー網までのサプライチェーンや、マーケティングやフィナンシャルまで含めての、ストラテジックな組み立てが要る。
「バイクの歴史」というと、「モデルヒストリー」になってしまう例が多いのだが、それは「一般消費者の目線」であって、非常に狭い範囲しか見ていない。
バイク産業で何が起こっているか、有機的に把握するには、もっと広い視野が要る。
本書は、その良い一例といえる。

なにせ、日本でモータリゼーション、というか、車輪を交通の場で使い始める以前から、話が始まる。

てか、戻り過ぎだんべや。(笑)

開国。西欧に独力で挑まんとする熱き先達(お金持ち)たちの、明治・大正期。
戦争、敗戦。モータリゼーションのボトムアップ、メーカー乱立、市場の爛熟。
朝鮮戦争、景気と市場のピークアウト、収縮と淘汰。
オイルショック。四大メーカーへの収斂、世界市場への参入と、席巻。
そして、21世紀。

メーカーの技術力や経済力、規模や戦術といった「内情」や、市場の規模や趨勢といった、業界がじかに接している要因だけではなく、その外側、世界的な情勢(戦争とか)、地政学的な有利不利、当局の意向など、様々な要因の、くんずほぐれつが描かれる。

細かく挙げると、きりがない。
メーカーの成り立ちと体質。
バイク業界以外も含めたメーカー間の相関(クルマ兼業とか、資本関係の有無、系列など)。
立地の影響(部品調達のし易さとか、輸出に有利な港が近いとか)。
敗戦直後はGHQの意向、その後は護送船団など当局の方針。
免許年齢の上げ下げや排気量区分の変更。
メット規制や族対策などの安全管理方針。
業界内部の自主規制。
などなど。

例えば、戦後のメーカー乱立期、なぜ皆してバイク作りかというと、(比較的)気軽に作れる機械産業で、かつ多量に売れる市場があったからだ。ありとあらゆる業界から、腹をへらした猛者たちが参入した。そりゃもう、部品の調達などのサプライチェーンや、資金のやりくりなど、様々なフェーズで絡み、ぶつかりしていたろう。皆が皆バイク業に専念していたとも限らないから、バイク業界内部だけでは話が済まない(他でしくじった余波で、バイクの方がつぶれることもある)。もっと外、例えば、GHQや政府の意向といった大きな外力が働けば、市場自体に歪みを及ぼす。それらの相関と変遷は、並みの複雑さではない。バイクのデキや、浅間火山の結果なんかだけ見ていたって、たいしたことは見えてこないのだ。

残念なのは、4大メーカーが国外に出る辺りまでがお話のメインで、なぜ日本のメーカーが世界市場を席巻できたのか、そのあたりの記述は薄い。
それを書くためには、日本内外のメーカーの比較が要るわけで、調査内容を、日本→世界規模に広げる必要があるのだが、そこまでは手が回っていない印象だ。
終盤は、21世紀(ほんの最近)の話に移ってしまい、アジアの市場、特に中国について触れている。市場としてのアジアの興隆は、日本がかつて終戦時に経験したのと同じ文脈にある、日本にとっては経験済みで・・といったお話だ。
内容が日本勢の内輪の戦いに偏っている、という意味で、どうも日本ドメスティックに留まっているようにも見えるのは、妙な逆説だが。そこだけは少し、残念だ。


しかし、著者自身も書いているが、外人さんが、日本の内情を、ここまで精密に調べ上げるのは、相当大変だったろう。
まず言葉の問題があるし(日本語は難しい)、資料の信憑性や、例えば、地名が戦前戦後で変わっていたりとか、そんなこともある。
簡単な実例を挙げると、

本書のキャプションには、「同僚のバイクについて議論するスモウレスラー、1966年5月、千葉の99ビーチにて」
99ビーチって・・・・九十九里のことか?

と、そのくらい難しいんである。(笑)

日本のバイク産業の興隆は、戦後の、日本という国の青春期とダブる。なので、日本人に描かせると、妙に思い入れたっぷりだったり、ノスタルジックで恥ずかしかったりするものだが(NHKの番組のように)。そういったこともなく、公正かつ冷静、しれっと読めるので、そこは外人さんに書いていただいて、かえってよかったんじゃないか、とも思えた。


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